恋愛なんてものは。

 どうせ自分が思うようになんて行かなくて、なのに相手にそれを求めて、その通りにならないからって頭を掻きむしってイライラして、そして最後にはわんわんと泣くんだ。そんなの愚の骨頂。わたしはマゾヒズムじゃないから、そんなのごめんです。どっちかっていったら、尽くすより尽くされたいタイプ。愛すよりも愛されたいタイプ、マジで。と、まあこれは少しばかり冗談っぽく聞こえてしまうのが否めませんが、とにもかくにもわたしは相手になになにしてほしい、してくれないなんていやだ、なんて相手に振り回されるのは願い下げ、勘弁願いたい。わたしってそういう人間なの。好きな人にだって優位にいたい。こっちからへりくだって手に入れるような恋愛なんて、わたしは要らないわ。惚れたもんが負けだなんて誰が決めた?


 わたしは負けたくない。誰にだって負けたくない。だから、好きだなんて絶対に言わない。ていうか、あいつのことを好きだなんて絶対に認めない。なんで、わたしが、あいつのことを。


 なんてああだこうだと考えていたら、相手に彼女が出来てしまったようですよ。










「……おまえ、今日機嫌悪くね?」


 ぼそり、と阿部がわたしを窺うように聞いてきた。はっ、誰のせいで機嫌が悪いとでも思ってるのよ、と言ってやりたいところだが、そんなことができたらとっくのとうに阿部に告白できているのだ。伊達に中学生のころから好きだったわけじゃないのよ。なんて、誰に向かって自慢しているのか。なんだか自分がむなしくなってきて、「別に」と某女優ばりに不機嫌に返事してやった。


「ていうか、が機嫌悪いせいで水谷がビビってうぜえんだよ、なんとかしろ」
「はー? 水谷がビビってるのは阿部にでしょ?」
「なんで俺にビビるんだよ」


 そりゃあんたの日頃の行いだろ。と言ってやりたかったが、これ以上阿部と喧嘩しても仕方あるまい。いや、逆に阿部と喧嘩してもいいのかもしれない。いっそのこと殴り合いの喧嘩とかしちゃえば、相手もある程度わたしのことを嫌悪して、それで疎遠になれば、わたしはわたしで大丈夫になるのかもしれない。


 そう、問題点は、わたしと阿部が仲が良いってことだ。
 阿部はわたしのことを嫌ってないと思う。嫌ってたらわざわざわたしの機嫌を窺ったりしないのだから。この人は興味がないことにはほんとに放置プレイをする。それがまたキツイってことに気付いてもいない。どうせ「はあ? 興味ねえんだから仕方ねえだろ」と吐いて終了。ジ・エンドだ。バッドエンド。


 だから、放置プレイしてくれりゃあいいのに。
 わたしは先程も述べた通り、どっちかっていえばサドなのだ。ほっとかれたら、嬉しくなるなんて思っちゃいない。そこに愛があろうがなかろうが、それは悔しい。つまりね、ほっとかれたら「はあ? もういいよこっちだってそんなにあんたに興味ないし」と突っぱねることができるのだ。


 ほんとは、そんなことないのに。





「もう、さっさと吐け」
「うるさい、なんにもないってば」
「なんにもないって言う時に限って、お前はなんかあるんだよ」
「…なんでわかるのよ」
「なんでもなにも、もう何年一緒にいると思ってんだよ」




 何年一緒にいると思ってんだはこっちの台詞だ。なんでわたしの知らないうちに彼女なんか作ってんだよ。そう言いたかったけど、また言えなかった。決定打が、怖い。ここで「そんなのお前に関係ねーだろ」と言われたらそれこそ終了だ。そんなのやだ。もう自分がよくわからない。この「一番の女友達」というポジションを失う勇気がないのだ。もしかしたら彼女と別れたら、わたしのところに来てくれるかも、なんて考えている。醜い。自分でも驚くほど醜い。だけど、それを願っている。




「ほら、もう、早く言え」
「…あーもう、じゃあ言わせてもらうけど」
「なんだよ」
「……あんた、いつ彼女できたの」



 そう言い捨てたのに、阿部からなんの反応もない。うつむいて、一生懸命阿部のノートを写している振りをするけど、実際ペンは全然進んでいない。こいつの理路整然とした数学のノートも、こんな使われ方をされたいわけじゃなかろうに。しかし、この持ち主がこんな性格だからいけないのだよ、と言い訳をしてみる。



「何年一緒にいると思ってんのよ」


 ああ、ばか。


「彼女ができたことも、報告できない仲だったの?」



 嘘、報告なんかしてもらいたくないよ。
 だって、そんな報告されたら、こっちはもう、強がれないじゃないか。









「それ、誰から聞いた?」
「え? 水谷が言ってたよ。そう言って女の子振ってるって」


 やっと言葉を発したと思ったら、阿部は「水谷の馬鹿」と吐き捨てて、頭を抱えた。え、なによ。わたしにバレちゃまずかったわけ? そんなにわたしには彼女の存在をひた隠しにしたかった?


「……あのさ」
「はあ?」
「俺、結構前からさ、」





 お前のこと、彼女だと思ってたんだけど。











「……はあ?」



 わたしが間抜けな声を出した途端に、本鈴が鳴り響いた。大嫌いな数学教員が教室に入ってくる。ええ、なに、今の? まさかの展開なんですけど。阿部は平然として、また後でな、と言ってノートを持って行って自分の席についてしまった。え、っていうか宿題当たるのにやってないから阿部の見せてもらったんじゃん。なにこれ、ノートは全然写せてないし、頭はなにも考えられないし、教卓で教師が話を始めるし、ええもうなにこれ。頭を抱えたいのはこっちだ。




 恋愛なんてものは。

 どうせわたしの思うようには進まない。こっちが望めば、望んだ道は遠のいていく。そんなのごめんだ。わたしはわたしが思うように生きたいし、なにより、悲劇のヒロインになるつもりも毛頭ない。


 だけど、だけれども。
 わたしは喜劇のヒロインになりたいわけでも、ないのだ。


 勘違いってオチって、なにそれ。わたしは満足しないわよ。
 こうなったら幸せになりまくってやる、覚悟してろ。





 /やっと阿部が書けた! 書きたいけど挫折ばかりの彼でした/愛す間もなくほとばしる