人を拘束するというのは、自覚しているパターンと無自覚のパターンがあって。 だけど、自覚しているのに無自覚でいる人間は、ひどく残酷だと思う。 「跡部かあ」 「……なんの話?」 「いや、お前もまた難儀な人間を好きになるなあ思うて」 わたしの椅子ががた、と床と一緒に鳴いた。目の前でパンを食べる忍足は、驚く様子もない。なに、この人。 後輩(部活の男の子。なにやら連絡事項があるみたい)に呼び出されて廊下で話している跡部を横目で確認 する。わたしの目線に気付いたのか、忍足もつられて跡部を見る。 「なに言ってんの」 「好きなんやろ。なにを今更」 「え、なに、ほんとなに?」 「ええやん、跡部を好きな人間なんかぎょーさんおるんやから、恥ずかしがらんでも」 「……それはそれで問題なんじゃないの…」 跡部景吾という人間は、ひどく完璧に見える。というよりも、完璧なのだ。 オールラウンドなんていうけど、彼は万能なのではなく、オールマイティ―――全能なのだ。 そこまでベタ褒めすると、少し気持ち悪いけど、実際にそうなのだから他に形容しようがない。 跡部はソツがないのだ。何事に置いても。彼が勝負に負けることも、ないわけじゃない。だけど、彼は自分から 負けることはないし、次をいつでも狙っている。他人に厳しいけれど、なによりも自分に厳しい。わたしは彼が すごく優しい人間だとは思わないけれど、ただ今と現実を淡々と見ているだけなのだ。 もちろん、彼だって気を使うし、いつでもどこでも自我を通しまくるほど常識のない人間ではない。第一、そんな 人柄じゃ、氷帝学園のテニス部部長など、務まるはずがないのだ。自分の都合だけで運営するほど、彼は ひとりよがりではない。現にこうやって、後輩の意見を聞くじゃないか。それを彼の中で噛み砕いて吟味して、 これからの部活に使っていくのだろう。 ここまで言っておいてあれだけれど、誰しもがこの完璧な人間を好きになるとは限らない。どっか抜けてる人間 がいいって人もいるに決まってるし、なにより、この人を基準にして考えたら、世の中では渡っていけないのだ。 言っておくけれど、跡部を好きな人よりも、他の人を好きな人の割合の方が高いに決まってる。誰でも、その人 だけの人がいるに決まってる。 だけど、それでも、わたしは跡部景吾を。 「の気持ちもわかるけどな、あいつはあかんて」 「……知ってる」 「遠すぎるやろ」 「うん」 「ええやつやけど、たったひとつのことに、あいつが捉われることなんかあらへんよ」 跡部は、わたしの気持ちに気付いてる。だけど、それを絶対口に出したりしない。きっと、ことばにしたら、 わたしが期待をしすぎると思っているからだ。わたしが、跡部の一番になれるなんて、おこがましいということ。 跡部は人気がある。性格に難はあるとしても、それは人を引き付ける。掴んで離さない。跡部はそれを自覚 しているくせに、その引き付けられた人に対して甘い素振りをしない。彼は彼を突き通す。なのに、それすらも 人を引き付ける。カリスマ、と言ってしまえばすごく簡単なことに思えるけれど、そんなに単純じゃない。 跡部は、自分のせいではないという。確かにそうだ。魅力を感じたのは自分で、それを対象のせいにすること は惨めでみっともない。 だけど、跡部は、「跡部景吾」という人間に心を掻き乱された事がないからそんなことが言えるのだ。どれほど しんどいのか、知らないからそんな無責任なことを言えるのだ。ひとりの人間が、心から離れない。それなのに、 夜が明けても太陽が沈んでも跡部はここにはいない。 ねえ、跡部。跡部はもう気付いてるんだろうけど。 「遠いから、眩しいから、好きになっちゃうんだよ」 (―――わたしは、跡部が好きだよ) こういう風にしか、わたしは跡部を思えないのだ。わたしは跡部が嫌いだ。好きなのと同じくらいに嫌いだ。 呟いたわたしを見た忍足は、「わかるわ」と笑った。そうなのだ。跡部の周りにいる人間は、その感覚が共有 できてしまうのだ。遠いし眩しいし、好きでいるだけでしんどい。好きでいることが嫌いになるくらいにしんどい。 そして、その責任を、跡部に求めてしまう。ねえ、わかってるんでしょ? 惨めでみっともないことは、痛いくらいにわかってるけど、それでも、なお祈りのように。 /わたしの思う跡部と忍足の関係と微妙にズレてるのが悔しい。跡部は難しい。/33「祈るように」 |