雨がウザい。




 環境に文句言ったってどうなんないこともわかってるし、雨は誰かが降らしてるモンでもないんだから、結局俺にできることなんかなにもないんだけど、それでもウザいものはウザい。「あーウゼェ…」と呟くと、「お前がウザがろうが雨は降るんだから仕方ないだろ」とこれまた正論を口出しされた。そりゃそうだよ、わかってんだよこのゆで卵みたいな頭しやがってジャッカルのやつ! と関係ないのにジャッカルにすらイラつく。あ、それはいつもだったか? まあとにかく、イラつく。ウザい。


 「明日晴れるかもしれないだろ?」とジャッカルが俺を慰める。うっせ、気休めはヤメロ。明日も雨だろ? 知ってんだよわかってんだよ梅雨だろ。昨日梅雨入り宣言をにこやかにしてたじゃねえか。俺だって一応テニスプレーヤーなんだから、天気予報くらい気にしてんだよ、わかってんだよ。ああまだ降ってやがる。今が昼休みだから、5時間目も降るだろ? つーか絶対放課後まで降るだろ、この雨足の強さだったら。うわー中練かよ。トレーニングかよ。しょうがねえんだろ、わかってんだよ。だから尚更イラつくんじゃねえか。


 昼メシもどことなくぐだっと食べる。ジャッカル、悪いな、俺は今イライラが最高潮だ。だけど雨の度にこんな機嫌悪くなってるわけじゃないから、わかるだろなあわかるよなジャッカル。おい桑原。お前はいいよな、今日だって待っててくれる彼女がいるだろ?(というか、彼女がバレー部だから、自動的にお互いの部活が終わるまで待ってる) 察しろよジャッカル。赤也だって最近「カノジョできたんスよ!」とか報告してきやがって。ああよかったな、そりゃあ幸せなことだろうよ。結構なことだよ。


 と言って勘違いしてもらいたくない。俺はフラれたわけじゃない。というか、相手はまったく持って俺の気持ちなんか気付いていないだろう。こんなじわじわ攻めるのは、いつも俺の戦術じゃねえよ。どっちかって言うと、これこそジャッカルだろ。俺の仕事じゃねえし、俺の柄でもねえ。こういうのは、もっと他の奴がやっとくべきだ。




「ブン太」
「……なんだよ」
「これ、先生が渡しとけって」

 そう言われて手渡されたのは進路志望の紙。ああそうだった、なんか用紙無くしたんスけど、と言ったら「じゃあ後で渡す」って言われたっきりだったっけ。「サンキュ」と言って受け取る。

「あ、ブン太」
「なんだよ」
「わたし、大丈夫だから」




 ああもう、俺にどうしろって言えばいいんだよ。ていうか、お前は俺にどうしてほしいんだよ? わっかんねえよ。だって、俺は、―――お前が、好きで。ずっとだよ、なんだよコレ、乙女かよってくらいにずっと思ってて。だけどイマイチ踏み込めなくて。勇気がなくて。その結果、いつの間にかは他のやつのことが好きになってた。予想外だっつの。あんなに、恋愛なんか興味ないって顔してたくせに。急に「ブン太、わたし好きな人できちゃった」とか、本人が一番困った顔しながら相談に来やがって。そりゃ、の知り合いの中で、あいつと一番近いのは俺だろうけど。賢明な相談相手だよ。……だけど、相手が悪いっつの。


 廊下を柳が通る。その横には、じゃない女子が。いかにも優等生、って女子。おい、柳。俺は今、お前としゃべったら、殴ってしまいそうだ。つうか絶対殴る。だって、あいつわかってんだよ、が自分のこと好きだったって。なのに、気付かない振りを突き通しやがった。だって柳、俺の気持ちも知ってんだ。だから、あいつは。



 ブン太、ってこいつは柔らかく俺を呼ぶ。聡い奴だから、多分俺がイライラしてることも知ってるのに、それを気にもせず。は知ってんだ、俺がイラついてるからって露骨に態度を変える奴はもっとイライラするだけだってことを。普段どおりに接した方が、俺がイラつかないってことを。ああもう、なんていうか、そういうところが、ほんと、たまんないんだよ。いろいろと。自分が辛いはずなのに。なのになんで自分のいる環境の方を気にしてんだよ。こんな時くらい、自分本位で考えろよ。

 こいつは、雨が降ってたってきっとイラつかない。仕方がないことをいちいち気にしない。俺とは真逆に見える。だけど本当は、こいつは強がりだ。外見ばっか取り繕っていて、だけど内心ひどく傷付いている。なのに、笑うし人に気を使うし、また知らないところで傷付いている。強がり、なんだよ、は。辛い時に、「辛いです」って言えないんだよ。それに一度気付いてしまったら、もう見えない振りなんかできっこない。

 大丈夫、って言いながら、体が強張ってることもわかったし、目の奥が潤んでいることもわかったし、声が微かに上ずったのもわかった。なのに、こいつは「大丈夫」なんて言う。俺が付け込む隙を作ろうとしない。無意識だろうけど、ガードを張る。大丈夫だから、ブン太は気にしないでね、そんなこと言う。ちくしょう、イラつく。なにもできない自分に、何もしなかった自分。都合よい「相談役」なんてポジションについてしまったから。なんなんだよ、どうしろって言うんだよ。俺は、―――俺、は。


 ずっとずっと、お前が好きだったんだよ。今だってムカつくくらいに好きだっつーの。


 の幸せなんか、正直願ってなかった。俺と幸せになってほしいとは思った。だけどそれは結局、
 (俺が、の隣にいたかっただけだ)
 傲慢で、利己的で、そんで、サイテーだ。

 自己嫌悪と自己保身が渦巻く。どっちかって言うと、嫌悪の方がギリギリ勝ってる。だけど行動できない俺は保守派か? 柄でもねえ。だけど実際そういうことなんだろ?
 雨は降り続いている。晴れたらどうしろって言うんだ。湿気は消えない。もう梅雨だという。



/ブン太って、なんか知らないけど暗くなる。そして短すぎ。/02「明日晴れたら」