千種はなにもかもに無関心を貫いているようだけど、ほんとのほんとはすごく優しい人間だってことをわたしは知っている。知っているからこそ、優しさを見て見ぬふりをすることもある。もっとわかりやすく優しくしてくれたっていいのに、と思うからだ。







 死んでやろうと思った。

 しかしそれは25秒ほど前に、目の前で息を切らしている男によって阻まれた。なんで、と言わんばかりに睨みつけるわたしを、睨みかえす千種。ねえ、なんでよ。ナイフを離さないわたしの右手を殴って、離れたナイフは部屋の隅に蹴り飛ばされた。手が痺れて痛い。その右手を、千種が握りしめる。痛いはずなのに、すごく温かくて、ああ人の優しさは温かいんだなあ、と思った。


「なんで」
「こっちの台詞なんだけど」


 ようやく息が整い始めた千種が、わたしを冷たい目線で見る。千種の顔が歪むのは非常に珍しいことだ。そう思うけど、そんなこと考えてる余裕はない。お互いに、ない。



「だって」


 好きな人の前で、こんな醜態見せたくないんだけど。髪が乱れて、血塗れの戦闘服もぼろぼろ。さっきまで気が狂ったように(事実気が狂っていたんだけど)暴れていたせいで、カーテンはレールから外れて、ベッドからは羽根が溢れ出ていて、ドレッサーの鏡は割れている。隣の千種との写真の中、わたしは笑ってる。それだけだ。



「だって、わたしはもうここにいたってどうしようもないんだよ。失敗したらもう終わりだってわかってて、今までなんのミスもしてこなかったのに、とうとうミスしちゃった。だって無理だったんだ。あんな小さい子を殴るとか、斬るとか、そんなの無理だよ。わたしと同じ苦しみに合わせるなんて無理だよ。可哀想って思っちゃったんだよ。でも、そんなわたしがここにいる意味ってなんにもないよね。もうああいう任務ができないって思われちゃったから、役立たずでそのうちに殺されちゃうよ。そんなの嫌だよ。わたしは殺されたくないよ。今までそう思ってずっとずっとずっとがんばってきたのに、今になって殺されるなんていやだ、いやだ、いやだ! だったら、もうわたしは自分で死ぬ。誰かによって殺されるなんていやだ。ぜったい、いやだ。ねえ、だめかなあ。わたしは間違ってんのかなあ? だったらどっから間違ってたのかなあ。産まれたことからして間違ってたのかなあ? もうわかんないわかんない。だったら、もう終わりにしちゃった方が楽なんじゃないかと思って。苦しいこと辛いことがありすぎだよ。なんでだろう。なんでわたしこんな世界に産まれてきちゃったんだろう。なんで人を傷つけなきゃ生きていけないんだろう! 普通に生きたいだけなのに。本当は、本当は」



 普通の女の子として、千種に会いたかったよ。
 可愛い服を着て、ばかみたいな笑顔で逢いたかったよ。



「俺に」


 千種、千種、ちくさ。



「俺に、どうしろっていうんだよ」



 ねえ、千種。わたしは千種が好きなだけなんだよ。それだけのために、生きてきたんだ。
 それだけのために、たくさんの人を傷付けてきたよ。
 人の温かさを、たくさん奪ったんだ。でも、それももう終わりだよ。



 享受された温かさは、とても気持ちがよくて、そのまま眠ってしまいたくなるね。ああ、今だったら本当に死んでしまってもいいかなあ。千種の温かさの中で、ゆっくり。目を閉じたら死ねるんじゃないかと思って目を閉じるけど、真っ暗なだけで、そこにはなにもない。いつの間にか、千種がわたしを抱きしめていて、ああ、これは本当に幸せで死にそうだ、と思った。



 目を瞑ったって、千種の優しさは見えるよ。
 この世界は汚くて、本当に大嫌いだった。
 その中の千種は、本当に輝いていて、大好きだったんだ。



「ねえ、



 そんなに優しい声で、わたしを呼ばないで。



 /千種って一人称俺でしたっけ。/僕を救ってみせてよ