愛すれば愛するほどに距離は遠くなる気がします。
 そこにいるのに、いない。







 綺麗だ。ほんと、綺麗。
 白い肌。長い睫。細い身体。少し低く、それでいて響く声。総てがわたしを魅了して、総てがわたしを引き止める一因となる。しかし本人にはそんなつもりはまったくなくて、それがまたずるく、しかし綺麗だ。自覚しているのかな、自分が綺麗だってことに。ていうかわたしもいい加減見慣れればいいのに、ディーノに会う度にドキドキしているような気がする。いつまでたっても慣れない。ああもう、そんなに恋愛経験が豊富な方じゃないんだよ。

 その整った顔を歪めて、わたしに文句を言う。


「ヒールなんて、なんで履いてきたんだよ」
「……別に、いいじゃないですか」


 ああ、歪んだ顔さえ整っているなあ。






 メシでも食いに行くか。
 その言葉を、わたしはある意味、恐れているのかもしれない。



 今日は、ディーノとご飯を食べに行った。
 「ご飯を食べる」と言っても、普段友達と行くようなファミレスとか焼肉とかじゃなくて、本当の料亭って雰囲気の場所。あの、個室になってるような感じで、お料理を運んでもらって説明してもらう類のやつ。


 実はディーノと外食するのはこれが二回目で、初めてのときは本物のイタリアンレストランに連れて行ってもらった。イタリアンレストランなんて、わたしからしてみれば某全国チェーンのファミレスくらいしか行ったことがないもので、周りはそれこそドレスみたいなものばかり着ている煌びやかな女の人とタキシード(スーツ?)を着ている男の人ばかりだった。その中でわたしは、かなり浮いていたと思う。というよりも、ディーノがこれまた男前だから。かっこよすぎるから。目の前に座っている人は、それも幸せそうだったから。



 (だってだって、こんなに幸せそうなディーノの横にいるのがわたしじゃ釣り合いってものが取れないじゃないか。美味しいごはん。お洒落なお店。かっこいいディーノ。それらすべてが色彩鮮やかで、悔しくなるくらい素敵で、自分が恥ずかしくなって、なにより、ディーノに幸せを感じてもらいたくて。それでわたしだって無理して普段は履かないヒールとかスカートとか履いちゃうんだよ。そんな見栄張ってるのに、靴擦れしましたなんて言えるわけないじゃないか!)




 そして、きっとわたしがそんなことを思っていることも、ディーノはお見通しなんだ。
 ちくしょう。





 ディーノは、いつもよりにこにこ笑うわたしに騙されてはくれなかった。というよりむしろ笑い方が不自然だと訝しがっていたようで、ご飯も終わって立ち上がった途端のわたしの顔を見て、ああこいつやっぱりおかしいと思ったみたいで、すぐに「靴擦れでもしたか?」と聞いてきた。なんて洞察力。



「ていうか、ってあんまりヒール履かないだろ?」
「わたしだって、履きたい気分の日くらいあります」
「その靴、初めて見るんだけどいつ買った?」
「え? 昨日……じゃないです、もう遥か前から買ってありました」
「ほんと、って嘘付けないよなあ」



 「ほら、歩けるか? もしくはおぶろうか?」なんてディーノさんが言うから、「歩けます!」と言って、ディーノが手当してくれた足を気にしながら歩く。これでディーノはあんまり羞恥心がないから、少しでも弱みを見せたらわたしを担ぎあげるだろう。いやほんと、そんなの恥ずかしいからね。いくらわたしが若く見えるっていっても、わたしもいい歳だからね……。



 ああもう、かっこわるいなあ。
 さりげなく手を繋いでくれるディーノは、かっこいいなあ。




「可愛いよ、ていうかいつも思ってる」
「……」
「だから、無理はすんな」




 対等になるって難しい。
 わたしはコンプレックスの塊だから。

 恋をすると貪欲になるって言うけど、わたしの場合ディーノに求めることはあんまりない。自分に要求することで溢れるから。いっそのこと消えて、もう一度人生をやり直すことから始めた方がいいのかなあなんて思っちゃうこともある。でも、それは違うってわかってる。ディーノはわたしのことを好きでいてくれているのだ。それは疑っちゃいけないことで、わたしがわたしを好きになれる唯一の理由。



 ああ、もっともっともっと、可愛くなりたい。


 好きになったらなっただけ遠くに。追いかけるほどに遠くに。
 恋をするって、背伸びをすることなのかもしれない。
 自分の身の丈に合わないことを、することなのかもしれない。


 不器用なわたしには、向いてないことだ。
 この手を放さないようにすることだけしか、できない。





 /ディーノさんって難しいなあ、かっこいいイメージが先行しちゃうから。/11「素敵なこと」