越前はあたしと一緒にいる時、小生意気な顔ばかりを見せた。
「って、彼氏と別れたってほんと?」
クラスでそこそこ仲の良い舞野さんがそういえば、と言って尋ねてきた。それは紛いもない事実だったので、あたしは「そうだよ」と肯定することしか出来なかった。
「どこだっけ、確か他校だったよね」
「うん、青学」
元々学校が違ったから、会うことなんて滅多になかった。
そもそも、大会の応援に行ったあたしに越前が声を掛けなかったら「出逢う」こともなかったんだと思う。そうやって考えると、すべては越前から始まってるんだなあと思う。
「どうやって知り合ったの?」
「あー、テニス部応援しに行ったとき」
「え、すごい運命的だねー」なんて舞野さんは驚いていた。確かに、そうそう出会うような場所でもないよなあ、と自分でも思う。だって、言い方を変えればあんなのナンパだ。急に連絡先を聞いてくる中学生がいるもんか。
一目惚れしたんだから、しょうがないじゃん。なんてことも簡単に言ってのける若さを越前は持っていた。名前を聞いてすぐに呼び捨てにする度胸も越前は持っていたけど、あたしはそんなもの持ち合わせちゃいなかった。
あたしは越前が大嫌いになって、もっと言えば存在自体が気に食わなくて、もっともっと言えば最初っからあたしの世界になんていてほしくなかった。そんなことを今さら言っても、もう越前はあたしの心のど真ん中にいる事実は歪むことがなくて、曖昧どころかくっきりと存在している。
「あ、でね、隣のクラスの山下くんってわかる?」
「うん、バスケ部だっけ?」
「そうそう、それで山下くんに、紹介してほしいって言われたんだけど、どう?」
すべては越前から始まり、すべては越前から終わった。
あたしは、きっかけを与えることすら出来なかった。
越前は、すべてをひとりで決めてしまった。それに従うことしか出来なかった。
好きなんだ。あたしは未だに越前が好きなんだ。
隣のクラスの山下くんよりも、斜め前の席の鈴木くんよりも、テレビに映る人気俳優よりも、あの日応援しに行った室町先輩よりも、誰よりも好きなんだ。それはあたしにもどうしようもない事実で、泣きたくなるんだ。
小生意気な顔も、すぐに機嫌が悪くなる性格も、飲んでいたファンタのあまったるさも、挑戦的な物言いも、不意に弱さを見せるところも、掴んだ手も、声も、仕草も、髪も、あたしを好きだっていうあの声も。
あたしの全部を掻っ攫ったくせに、そのままどっかにいっちゃうなんて。
悔しい。単純にそう思う。
いなくなるなら、最初っからいなきゃよかったんだ。
越前のことになると殊更活躍を見せるあたしの記憶力が、憎い。
舞野さんの言葉に、頷けないあたし。
すべてを越前のせいにするあたしが、醜い。
/久し振りすぎーる。/繋いだ手だけは離して行って