好きな人が、います。
季節はもうすぐ、梅雨になろうとしている。
四季、なんていうけれど、梅雨は春にも夏にも該当しないだろうと思う。どちらでもない曖昧な時間。この時期は制服のシャツは体に張り付くし、時々肌寒い時もあるし、湿気で髪の毛はまとまらないしで、あんまり好きな時期ではない。まあね、「わたし梅雨大好きなのもう1年中梅雨だったらいいのになあ! ねえあなたもそう思わない?」って人も見たことないけどさ。
放課を告げるチャイムが鳴り、帰ろうかな、と身支度を整える。外部進学は多分ないだろう中高一貫教育とは言えども、一応中学3年生。義務教育ではなくなる舞台に行くために、勉強しなくてはならない。面倒だなあ、とは思うけれど、きっと多分、公立の方がプレッシャーは大きいのだろうし。雨は結構強い。うわー、これは帰るのが面倒だな。電車の中は汚いだろうな。
ふと、自分の身体の前に誰かにいるのに気付く。顔をあげると、どこか怒ったような菊丸の姿。
「あれ、部活は?」
「今日はミーティング。始まるまで、ちょっと時間あるから」
「へえ、それで?」
なんの用事もなければ、菊丸がわざわざ放課後部活までの少ない時間を、わたしに割くはずがない。しかも、いつでもご機嫌花丸な笑顔でいるくせに、今は似合わない小難しい顔してるし。
「……あのさ、どうかした?」
「なにが?」
「と、不二」
絶対に、こいつはこの質問をしてくるだろうな、と思ってた。だって菊丸って、意外と人間関係に敏感だし。なにより、疑ってることがわかりやすい性格してるし。だけど、それでも、まだ、聞かないでほしいと思ってた。素直に答えられる自信がなかったから。だって、わたしだって、まだわかってない。「なんか、おかしいから」と言って、菊丸は更に怒ったような顔をした。ああ、自分だけがわかってないから、悔しいのかな。置いてけぼりは嫌いそうだもん、この人。
今朝、いつもと変わらない不二の笑顔を見たら、わたしはなんだか泣きたくなってしまった。
不二に彼女がいることは、ずっとずっと前からわかっていた。優しい笑顔も、困った仕草も、彼女のものだってことはわかっていた。だけど、わたしはずっとずっと前から不二が好きだった。泣きたくなるくらいに好きだった。何回も何回も諦めようって思ったけど、そんなことできるはずがなかった。だって、傍にいたらいたでもっと好きになって、会えなきゃ会えないでもっと好きになる。好きって気持ちは際限なく大きくなっていく気がするよ。苦しいくらいに、恋なんだ。
「告白、したよ」
それだけ言うと、わたしの目からは涙が零れて溢れて仕方がなくなってしまった。教室でぼろぼろと泣くわたしの前で、菊丸だけがおろおろとしている。段々とみんなの視線が集まっていることに気付いたけど、もうどうしようもなくなってしまった。
「ずっとずっと好きだったの」
「ありがとう。伝えてくれて、ありがとう」
告白なんか、しなきゃよかったのかもしれない。
好きって言ってしまった分、また好きになってしまった。
言葉にしてしまった分、「好き」が増えていた。困った仕草も、相変わらずの笑顔も、「ありがとう」の響きも、すべてがわたしの好きな不二だったんだってわかってしまった。「伝えてくれて、ありがとう」なんて。聞いてくれてありがとうって、本当はわたしが言わなきゃいけなかったのに。それなのに、なんで。
今まで好きだったもの。紅茶だってあのアーティストだってなんだって、全部不二の薦めてくれたものだったんだってことに気が付く。。それぞれに不二への思いが込められすぎていて、なんだか辛い。というか、なんだか胸が痛い。なんでだろ、とてもいとおしいものばかりなのに。だけどきっと、苦しくて紅茶は飲めないし、あの音楽を聴くのは、すごく切ない。好きなものなのに。総てが不二に繋がっていて。
「菊丸、わたしね」
「うん」
「不二のこと、思ってるよりもずっとずっと大好きだったみたい」
すべてが増大してしまっている。本当に、言葉は生きているのだと思って、涙が止まらなくなった。
/不二は笑顔で告白を断るんだと思うよ。そしてまたしても短い!/24「小さな恋のメロディー」