わたしが心の底から愛しいと思う人間は、いつ命を落とすとも知れない人間だった。
 しかしただそれだけのことで、わたしとその人間の関係はなにも変わらない。










 お互い仕事が忙しくて、やっと会えたと思った夜に、恋人は「イタリアに行ってくる」とわたしに告げた。





 獄寺は煙草を灰皿で押し潰した。その灰皿は、ヘビースモーカーな彼にわたしが初めてプレゼントしたもの
だった。わたしは煙草が嫌いで、出来ることなら彼にも止めてもらいたかったけど、それでもわたしは獄寺に
灰皿をプレゼントした。煙草は嫌いだけれど、煙草を吸っている獄寺は大好きだった。なんて健気な少女だった
んだろう!




 獄寺とはもう、とても長い付き合いになる。初めて出会ったのは中学生の頃。今ではお互い二十歳も越えて、
それなりに大人になっていた。わたしがもう長い付き合いになる恋人を未だに苗字で呼んでいるのは、獄寺と
あまりにも呼びすぎてしまっていたから、体からもう抜けきらないのだ。今更呼び方を変えるのも、違和感がある
し、これならこれでまあいいか、と思っていた。




 それなりに長い付き合いの恋人。彼がマフィアであることを知った時は、その瞬間こそ驚いたものの、今と
なってはそれすらも特に関係はない。ただ、いつでも覚悟をしているけれど。




 そんな彼がイタリアに行く、というのはある種の特別なメッセージを含んでいる。それに気付かないほどわたし
も間抜けではない。ああ、そうなの、とわたしはなるべく軽く振舞った。重々しかった獄寺の表情が歪んだ。




「意味、わかってんのか」
「わかってるわよ」
「じゃあ、なんでそんな」
「わかってるから、こうやって振舞うんじゃない」



 だってここで暗く振舞って、そして泣いて行かないで、なんて言ったって仕方ないじゃない。ていうか、それで
引き止められちゃう獄寺なんか、獄寺じゃない。引き止めたってしょうがない。




 ここ最近彼が急がしかった理由。休日なんかない職業であろうと、わたしと会う時は必ず着替えてくるのに、
今日は黒いスーツを着ている理由。そして、日本での仕事がメインであろう彼がイタリアにいくという理由。
 ただひとつだろう。獄寺の所属するマフィア一味が、危険な状況なのだ。それも、重度の。
 それをどうして止められるだろうか。


 


「獄寺なんか、死んじゃえばいいよ」
「……」
「それでも、わたしはここで待ってるけど」






 わたしなりの、最上級の愛情表現だった。
 どうせ、獄寺はいつか死ぬ。第一、この人に大往生とか老衰などという死因は似合わないのだ。というよりも、
不釣合いだ。こんだけ若い青年期と言われる時代に暴れているのだから、それ相応の死に方をしてほしい。
だってそうじゃなきゃ、待っていたわたしが辛いじゃないか。



 わたしが、彼がマフィアだとわかってからし続けていた覚悟は、獄寺がたとえこの世からいなくなってしまっても
ボンゴレ十代目を憎しまないという覚悟だ。だって、わたしはそれをちゃんと決めておかないと、必ずこうなった
現状を憎む。誰のせいでなくとも、誰かに責任を負わせようとして、それで心のバランスを取るようになるだろう。
 そんなの、獄寺が望んでいるはずがない。だからわたしはその覚悟を決めた。




 中学の頃プレゼントした灰皿も、そのままの呼び名も、獄寺がと優しく名前を呼ぶテンポも、キスの温度も
一緒に過ごした時間も全部そのままなのだ。だから、獄寺が心配する必要なんかないのだ。そうじゃない? 環
境がいくら変わったって、わたしが獄寺のことを好きなことに変わりはないじゃないか。そこにいたってイタリアに
いたって、わたしが獄寺のことを心配なことに変わりはないじゃないか! だったらイタリアでもどこにでも行けば
いい。わたしにとびきり心配させればいい。



 けれども、わたしはずっと獄寺を待ち続けるだろう。ずっとずっと。
 過去を忘れることはできる。記憶なんて、後付けばかりの綺麗で自分勝手なものだ。だけど、獄寺隼人という
人間を、わたしの心から削ぎ落とすことはできないのだ。こんなにも胸が痛い。一緒にいるだけでも。



 だから、わたしの目から涙が零れようと、獄寺隼人、あんたはこれを見て心を揺るがしちゃいけない。
 わたしが好きなのは、十代目のために命を捨てられる獄寺隼人なのだ。




★久々の獄寺くんにつき、ライトな話でなくてすみません。/03「君がいても、いなくても」