自分は二重人格なのかもしれないと思うときが、ある。




 獄寺が笑ったり怒ったりという、そういう仕草をする時に、わたしはどこか残酷なまでに冷静になる。ひやりと冷たいその感情を、自分でも掴みあぐねてもてあましている。けれど、これは獄寺が好きなポイントだろうな、と思ってそういう態度を取る。それが素の自分だとは、思わない。考えて行動しているのだ。考えて、獄寺が自分を好いてくれるような態度を取って、それで、行動する。計算高い、とは少し違う気がする。計算というよりも、演技をしているんだ。


 つまるところ、わたしは獄寺が好きなを演じているのかもしれない。
 二面性とでも言いましょうか、それとも、二重人格とでも言いましょうか。




「なに?」
「頭、なんかくっついてんぞ」


 ほら、と言って獄寺はわたしの髪の毛から桜のはなびらをとった。薄汚れたピンク。咲いて花の状態である時はあんなにも綺麗なのに、なんで散った瞬間にこんなにも色褪せて見えるのだろう。綺麗な桃色が、薄暗い茶色に。空の水色に映えるはずの色が、いつの間にかアスファルトに溶け込む。


 獄寺と付き合い始めてからは、緩やかに時が流れていると思う。ゆるやかに、穏やかに。止まっているかと思えば、いつの間にか金曜日になっていたりして焦ったり。呼吸をしていることを意識していないようなものだ。生活に必須であるのにも関わらず、それがない状況というものを考えられず、気が付いたらここにあり、時が流れている。不思議だ。獄寺がいないときであっても、わたしはそれなりに充実した時間を過ごしていたはずなのに。



「桜の木の下には、なにがあると思う?」
「さあ」
「死体が埋まってるのよ」
「……」
「ていう話があった、気がする」




 二重人格だなんて、巧妙にできたことばだと思う。性格が重なっているのだ。最初はなんてことのないことだったと思う―――その薄いはずのフィルムは段々と厚みを増していき、次第にはめくれることのない仮面に変化する。簡単にめくれないその仮面は、自分の意思で付け替えが出来るようになる。それが、二重人格なのだと。


 小学校の頃、早河さんという女の子がいた。彼女は、男子と女子で態度が違う、といっていじめられていた。わたしは、早河さんを嫌悪するよりも、尊敬の念を込めて見ていた。性格を器用に変化させることができるってことができるなんて、不器用なわたしには到底出来ないことだった。彼女は狡猾だったのではない。器用だったのだ。自分を好きでいてもらうために、自分を作ったのだ。彼女はそれで女子からいじめられていたけれど、それはそれなのだろう。万人に好かれる人間など、存在しないのだ。


 二重人格ならば、それはそれでいいのだ。上手く巧くわたしはわたしを隠す。それで、愛する人と一緒に笑えるのならば、それはそれでいい。苦しみと引き換えにして、獄寺と一緒にいられるのならば、決して高価なものではない、と思う。泣きたい時は、一人でも泣ける。むしろ、ぐちゃぐちゃになった顔を獄寺に見られるのは気恥ずかしいものがある。


 けれどそう思う一方で、ぐちゃぐちゃになった顔すらも愛して欲しいと思うのだ。という人間全てを、獄寺隼人という人間の全てで愛してくれと思うのだ。わがままでしょう、けれども事実なのだ。自分を隠しているのは自分自身であるはずなのに、その隠れている部分すらも愛してくれと懇願する大いなる矛盾。恋愛なんてものは、結局矛盾の上になりたつものなんだろう。嫌われたくない、愛して欲しい。中間点など、恋する人間には見えないのだ。



「だから、どういう意味なんだよ」
「さあ」
「知らねえのかよ」
「綺麗なものには、それ相応の代償があるってことじゃないの、よくわからないけど」



 桜が綺麗であることに感動しながらも、どこかでそれを疎ましく思っている。忌々しいその桃色が、わたしと獄寺の間にひらひらと揺れては落ちる。この凶暴な気持ちは、いったいどこから来ているのだろう? 綺麗なのに、ひどく視界の中で邪魔だと思う。無邪気なように見えて、実はそこはかとなく恐ろしいものが裏に隠れている気がするからかしら。それとも、それ相応の代償がないのにも関わらず、こんなにも綺麗だからかしらん。


 最初に獄寺が好きだと思ったのは、どちらの自分なんでしょう。たまに、そんなこと考えるけど、答えは出ない。今更、このフィルムを失うことができないからだ。矛盾に咲く桜は、どのようにして色を失っていくのでしょう。色づきが永遠でないことなど、重々に承知なのである。いつ、汚らしくなって、枯れていくのでしょうか。いつ、アスファルトに溶け込むのでしょうか。硬い冷たい地面に落ちるのでしょうか。そして、誰かの靴に踏まれて、雨に流されて、いじめられたりしてしまうのでしょうか。


 二重人格がひとつに重なるのは、いつなのでしょうか。それは、獄寺の前で、なんでしょうか。
 そんな日は、果たしてやってくるのかなあ。


 ふたりでぐちゃぐちゃになるのが恋愛の本質であるような気もする。
 自分が乱れてもいないのに、それを相手に求めるのはものすごく愚かでしょう。
 髪の毛を掻き混ぜるように獄寺の頭に撫ぜる。ぐしゃぐしゃになった髪の毛、怒った豆柴みたいな顔、やめろよと出す声が、すごく好きだ。わたしは獄寺隼人が大好きだ。


/獄寺ってすごく犬っぽいやつだと思うわけです。/12「消えゆく影」