雲雀恭弥、という人間がわたしを愛するというのは、ひどく不可解な気がする。




「わたし、雲雀くんの目の前だと、すごく子どもっぽい気がするよ」



 しん、とした応接室。わたしの声だけが響く。電気は点いているのに、なぜか薄暗く感じる。雲雀くんの髪の毛、綺麗だなあ、黒さが作られたみたいな自然さだ。よくわからないけど、そんな感じ。まるで誰かが、わたしが雲雀くんに恋をするために、雲雀くんの髪の毛を黒く黒く染め上げたみたいだ。そんなの、有り得ないのに。雲雀くんがわたしだけのために存在している、なんてはずはないのに。


 こう言うとひどく自虐的だけど、雲雀くんとわたしは天と地くらいの差がある。なにって、外見だけでなく精神的に。わたしはまだまだ子どもだし、なによりも高望みをする。雲雀くんは、ただ現実を淡々と見つめる。わたしは現実を認められないまま、いつまでもここでぐだぐだとする。



「このまま、時が流れなきゃいいって、そんなことまで考えてしまう」



 現実から逃げたいわたし。現実にいるのは雲雀くん。泣きたいくらいに優しくて、いやらしいくらいにかっこいい。そして、現実を見据える雲雀くん。いやだなあ、この場から離れたくはないなあ。まだまだこの場所を誰かに譲る気にはなれないなあ。


 このまま時が止まればいい、なんてそれはあまりに陳腐でしょう。使い古されていて、なんかしっくりこない。というか、ありきたりな表現でこの感情を表したくない。だけど、仕方がない。こういうことなのだ。わたしは雲雀くんをこのまま一緒にいたいし、離れたくないし、ずっと手を握っていて欲しい。わたしがどんなわがままを言おうとも、雲雀くんには呆れないでいてほしい。そのために、この状況が続いていて欲しい。具体的に言えば、わたしが応接室にいることを許し続けて欲しいというか、なんというか。あ、だめ、だから、そういう目で見ないで。どうにかなってしまう。


 そうなのだ。神様から与えられたようなその風貌は、変にセクシュアルなのだ。大人の色気? そういうのじゃない。雲雀恭弥という人間が、そういう意味合いなのだ。漆黒の髪の毛。白い肌。ごつごつとしていながらも、柔らかくわたしを包む身体。犯罪じゃないの、っていうような目線。だから、そういう目線で、わたしのことを見ないで。おかしくなるじゃないか。頭がくらくらしそうだ。ていうか、する。絶対する。現に今、きみの瞳にはわたしがいる。その有様に戸惑うわたしを、きみ越しにわたしは見る。きみの中にいるわたしという存在を、認知する。


 薄暗い、と感じたのは、カーテンから差す陽が、いつの間にやら、なくなっていたからだろうか。雲雀くんは電灯を点けることをあまり良しとはしない。確かになるほど、彼には闇が似合う。闇に黒が混在する。溶けて混じり合う、綺麗よりも自然だと感じる。わたしは光を求めるのではなく、闇を求めているのかもしれない。それは凶暴な感情ではなく、むしろ穏やかな気分である。


 雲雀くんに見せてあげたい。このどろどろとした感情の渦巻きを。心をまるごと見てもらったって良い。今更恥じることはない。本当は、見せたくない部分もあるけど、それも総じて見て欲しい。こんな気持ちを抱えて、わたしはきみを好きだと言っているんだよ。そして、自分のことを、子どもみたいだと零すんだよ。きみはわたしの外身しか見ていないけれど、こんなわたしを見たら、雲雀くんはどう思うんだろうなあ。わたし、は、このようにして、雲雀恭弥を思っているわけです、と。



「子供染みてるのは、僕のほうだ」
「え?」
「僕はに対しては、世界が理想的に回ればいいとすら思っている」
「……」
「僕はとんでもない理想を掲げている。本当に馬鹿みたいだ、吐き気がするよ」



 毒毒しげに雲雀くんは言葉を吐き捨てる。
 こんなにも色気のある雲雀くんが、わたしを好きだと言う。必要だという。そういった意味合いの言葉を使う。直接的ではなくても、わたしには伝わる。この人がいまわたしに何を伝えたいのか、それは自分への苛立ちなのか、そうさせてしまったわたしへの苛立ちなのか、それともそうなってしまったこの環境に対する苛立ちなのか。全てを総合して、この人はわたしへ感情をぶつける。それはまるで、大人びた行動ではない、しかしひどく魅力的だ。もう、どうにかしてしまっているんだな、お互いに、お互いを。恋とかなんか、そういう甘いものじゃない気がする。もっと、揺らめいていて、艶かしくて、どこか挑戦的なわたしと雲雀くんの関係。



 毒とは黒。黒とは闇。闇にわたしは憧れる。それは、雲雀くんに似ているからだ。甘美な匂いでわたしを誘う。その匂いは、触れてはいけない禁忌だったのかもしれない。甘美な匂いで誘う、猛毒だったのかもしれない。お互いに、知ってはいけなかったのかもしれないなあ。だけど今更、そんなこと言ったってねえ、答えは出てくるはずがないのだ。


 恋愛とは、不可解なのだ。解を導き出すことは不可能なのだ。
 理屈ではどうしようもない。それなのに求めあう。
 そう、恋愛ってのは、ひどく利己的な偶像なんですね。


 人と繋がっていないと、生きていけないなんて、すごくばかみたいだ。増してや、その相手が雲雀くんだなんて。わたしだっておかしいと思うよ。雲雀くんだってそう思って当たり前だ。雲雀くんも、わたしじゃなきゃ駄目だなんて、一種の気の迷いにしか思えないよ。だけど、それは紛れもない事実なのだ。互いに互いを必要としている。それがすごく伝わる。これが、繋がっているということなんでしょうか。人と人との繋がりっていうのは、感情が伝わりあってしまうことなんでしょうか。こんなにも伝わりあってしまっていいんでしょうか。人と好き合うとは、自惚れを赦される行為なのでしょうか。心とこころでこんなにも繋がれるのなら、もう、セックスなんて必要ないんじゃないんでしょうか。だから、雲雀くんの視線はセクシュアルなのかなあ。



 お互い馬鹿で、盲目で、好きあっている。その事実がわたしを生かす。
 わたしの世界を回すのは、貴方、雲雀恭弥だ。



/なんかエロい雰囲気のくせに、「雲雀くん」呼びなのがやけにリアルでいやだ。 /19「あなたに見せてあげたいもの」