「わたしは利央に嫉妬してるんだと思う」






 はあ?と聞き返してさんの顔を見たら、思いの外真剣な顔つきをしていたからビビッた。さんは
さんで「ちゃかさないでよ」と不機嫌そうに答える。ちゃかすもなにも、さんの言葉がおかしいからでしょ、と
言い返すと、さんは大きく(俺を馬鹿にしたように)溜息を吐いた。(ちょっとムカつく!)





「利央はほんとに、なんていうか、わかってないよね」
「なにをっスか」
「女心」





 また、はあ?と聞き返した。利央のそういうところがよくないところだよ、とさんはなにかを諦めたように
言い捨てた。なにがよくないところなんだか、さっぱりわからない。
「例えばさあ、わたしと高瀬が授業の話をしてたら、利央は怒るじゃん」
「は?」
「あと、2年の誰かと誰かが付き合ってるとか、ホームルームの話してたりだとか」
「・・・よく意味がわかんねえ」
「だから、利央がわからない話をわたしたちが利央の前でしてたら、腹が立つでしょ」
 そういうこと、とさんはまた溜息を吐いた。この人に関しては、ほんとに溜息を吐いたら幸せが逃げていっ
てると思う。普段が馬鹿みたいに明るいから、その分マイナスになるととことん凹むタイプ。





「なんていうか、わたしの存在要らないじゃん、みたいな気分よ。疎外感ってやつ」
「・・・それを、どうやったら俺に嫉妬してるって話になるんスか」
「わたしは、知らないんだもん」
「なにを」
「中学時代の高瀬だよ」






 ああ、そういうことか、と話がひとつにまとまった。要するに、今日の昼休みのことを言ってるんだろう。準さんと
さんと俺がうっかり購買で出くわして、そういえば、と準さんが会話を切り出したことが原因だ。中学の時、
準さんと同じ代で野球やってた先輩(今は外部受験していないけど)に、彼女ができたって話だった。あいつに
彼女ができるなんて、って準さんは驚いていたけど、別にあの先輩だってかっこいい部類だったし、なにより準さ
んより優しかった、なんて話をしたわけだ。確かに、その時のさんは大人しくておかしいとは思ったけど。





「それ、俺に言っても仕方ないんじゃないんスか」
「高瀬には言えないよ」
「なんで」
「だって、馬鹿みたいってわかってる。利央に言っても仕方ないけど、高瀬に言っても仕方ないよ」






 だから、わたしが凹む原因を思い出させてくれた利央に八つ当たり、とさんは笑った。なんだ、笑える余裕
あるんじゃん、と思った瞬間にまた笑顔が消えるから、空笑いじゃん、と思い直した。





「八つ当たりって、酷え」
「そうでもしなきゃやってらんないの、利央はもっと先輩に対する思いやりを持ってよね」






 その後、急にさんが「ありがとう」なんて言い出すから、口から心臓飛び出るかと思った。さんらしくな
い。俺のさんに対するイメージは、もっと違う。なんていえばいいかよくわからないけど、違う。
 準さんのこと、ほんとに好きなんだな、と思った。ちょっとだけ、準さんが羨ましいと思った。なんでかよくわかん
ねえけど。多分、俺のこういうところがさんから言わせれば「わかってない」んだろうし、準さんから言わせれ
ば「アホ」なんだろうけど。






「別に、中学の時と準さん、なんにも変わってないと思うけど」
「それだって、わたしにはわからないんだってば」
さんが心配に思うようなことは、準さんにはないってこと」
 なにそれ、と拍子抜けした風にさんは俺の目を見た。かわいい、と思った。純粋に、かわいいひとだ、と
わかった。準さんがこの人に固執するのも、今なら頷ける気がした。






「まあ、これ以上仲良さそうにさんと話してると、後が怖いんで」
「なんの話よ」
「さっきから、準さんがずっとこっち見てる」
「え、嘘!」
「だから、さっさとさんが準さんに告白すりゃあいい話ってことで」





 ちょっと、利央、とさんが俺を呼ぶ。それを振り切って走り出す。いやほんとマジで、準さん怖いから。さっ
さとくっついてほしい。ほんとにそう思う。両思いなんだから、それでいいだろ、早く気付けよ、と思う。
 準さんとすれ違う時に、軽く会釈をしたけど、やっぱり準さんは怒っていて、今日は携帯の電源切っとこうと思っ
た。愚痴にしろ惚気にしろ、どうにも聞く気にはなれない。
 ていうか、部活が終わるまで待ってるって完璧彼女じゃん、なにを躊躇ってんだ、さんも準さんも。
 空で、星が笑っている。だよな、と俺も笑ってから、おまえのこと笑ってんだよ、と言われてる気がした。俺ってやっぱ、女心わかってないのかな。そうだったらちょっとやだな。





/初桐青。