俺がを好きになったのは、中学2年の夏だ。1984年生まれの俺が中学2年ということは、計算すると西暦にして1998年ということになる。まさか、と思うけれどもう10年も経つのだ。10年。俺は10年前に好きになった人のことを未だに覚えているのだ。

 と俺はいわゆるクラスメイトだった。確か席が隣だったか、委員会が同じだったかで仲良くなった。中学生にしては聡明な彼女に惹かれた。今まで話したことのないタイプの人間だった。馬鹿みたいに騒ぐわけじゃない。だけど面白い。思ってもみないことを思いつく。普段はポーカーフェイスな彼女が崩れた瞬間がたまらなく気持ちよかった。この話をするとサディスティックだと思われてしまうかもしれないけど、そういうことよりも、彼女が俺によって変わるのだ、という事実が嬉しかったのだ。そう、嬉しかったのだ。

 俺は、が好きだった。話し方も目も唇も髪の毛も掌もなにもかも好きだった。全部ひっくるめて自分のものにしてしまいたいと思った。とんだ中2だ。


 も、俺を好きと言ってくれた。
 その瞬間の嬉しさったら! 今まで生きてきた意味をすべて肯定された気がして、胸がこそばゆくて、柄にもなくドキドキが止まらなかった。どうしようもなくその場にいられない衝動。だけどここから離れたくもない。要するに浮かれていたのだ。

 嬉しくて、浮かれていて、たまらなかった。それを好き合っていることだと思った。

 それから2年、付き合い続けた。映画に行ったり、キスをしたり、時にはセックスをしたり。
 甘美だと思っていたものが、段々と変わっていくのがわかった。それは時の流れにより、安寧に変わったのだ。穏やかで心地が良いけれど、最初の胸の高鳴りはどこかに忘れてしまった。忘れた、というよりは置いてきてしまったのかもしれないとも思う。との「初めて」はどんどん減っていく。悪く言えば、慣れてしまうことばかりになった。

 言い訳がましく聞こえるかもしれないが、俺はが好きだった。安定が嫌いなわけではない。本当に好きだったのだ。



 ある日、から別れを告げられた。

「わたしは要らないんでしょ」

 涙ながらに、だけど気丈には振る舞った。別れましょう、と。



 何回も言おう。俺は10年前にが好きだった。今でも、彼女の泣き顔を覚えている。だけどなんでだ? 俺はの掌の柔らかさを覚えていない。なんだこれって思ったはずの、あの柔らかさを覚えていない。

 永遠はずっと続くものだと思う。その一瞬は。
 けれど実際、こんなにもあっけないものなのだ。感情はいつか途切れてしまうのだろう。記憶はいつか消えてしまうのだろう。忘れたくないものを忘れてしまうのだろう。忘れないと確信したものを、忘れてしまうのだろう。

 だけど、忘れないのだ。忘れてしまいたいものは忘れないのだ。
 いっそのこと、のことを忘れてしまえればどんなに楽なことか!

 彼女と初めてくちづけをした日を思い出す。嬉しいのと、これからもこの感覚がずっと続くのだという高揚が胸を締め付けた。それすらも、今は遠く彼方の出来事で。

 ずっとずっと忘れたくないと思うものを、俺はもうこの手に掴めない。
 なんにしたって、忘れられないのは、あの涙なのだ。
 俺は永遠を、ここに見る。






/ロマンチスト郭。ていうか無謀キャラじゃねえ!/永遠うたう刹那なら