残酷で、それでいて愛しくて、なんて厄介な感情なんだろうと思った。
 わたしが神尾に対して抱く気持ちは、いつもこんな感じ。








 伊武のぼやきも相当なものだけど、神尾の悩み相談もソレと同じようなものだと思う。結局、2人とも結論は
どうしようもない、と言わんばかりのことを言うのだ。

 そして、2人の大きな違いは、伊武は自分が出来得る限りの努力をしてからぼやくんだけど、神尾はなにも
しないまま悩みをだらだらと抱えるということだ。つまり、神尾の方がよっぽどタチが悪い。

 男の子ってそういうものなんだろうか、結局なにかをする前に、なにかに文句をつけなきゃいけないとやって
られないのだろうか。それとも、神尾に限っては恋をするとそうなるのだろうか。女の子は恋をすると如実に
変わるけど、男の子は変わることを畏れるんだろうか。不思議だ。




「杏ちゃん、最近青学と仲良いんだよ」
 神尾がこの世の終わりみたいな顔で、そう切り出したのは、職員の研究会だから部活が全部休みになった日
のこと。神尾に相談がある、と言われて教室に残って、お菓子をつまみながらしゃべっていた時のことだった。




「青学?」
「青春学園。この前、地区大会で戦ったところなんだけどさ」
「そりゃわかってる。なんで杏ちゃんが青学と仲がいいの?」
「青学っていうか、そこの桃城ってやつと仲がいいんだ」




 桃城、と名前を口にする時、神尾はとても辛そうだった。そうだ、わたしは前にも神尾の口から「桃城」くんの
名前を聞いたことがある。確か、自転車をひったくられて、だけどその人はひったくりを追いかけていた、という
話だった。そして、何故かテニス場で杏ちゃんに会ったとかなんとか。
 こんなことまで覚えているなんて、わたしもやっぱり神尾の話は聞き流せないんだなと思った。どんなに流して
しまいたくても、無理なのかなあ。




「今日もさ」
「うん」
「桃城んとこも部活が早終わりらしいから、2人でテニス場行くらしい」
「・・・え、付き合ってるの」
「それはないとは思うんだけど」




 でもそうなるかも、と神尾は机に突っ伏して、少し泣きそうな声で言った。神尾は、杏ちゃんのことで泣けるんだ
と思って、改めて杏ちゃんが羨ましいと思った。なんと幸せなことだろうか。
 神尾が杏ちゃんを好きなことは、随分と前から知っていたし(神尾が相談してくる前から、ずっと)、それに
ついて今更ああだこうだということはない。だって、神尾といい、わたしといい、なにもできないでうだうだしている
仲間なのだ。それを、神尾が知らないだけで。




「神尾もさ、前とは変わったよね」
「は?」
「だって、前まで神尾とこんな話するとは思ってなかったもん」
「・・・そういや、俺もとこんな話するとは、思ってもなかったな」
「なにそれ」
「いや、なんか、俺とって確かにずっと仲良かったけど、こういう話は1回もしたことなかったもんな」






 それは、わたしが神尾をずっと好きだったからで。
 神尾についての相談を、神尾に出来るほどの度量は、わたしにはなかったのだ。





 神尾の優しさが痛いと思うようになったのは、いつからなんだろか。
 ふわりふわりと心にやわらかく舞い込んでくるくせに、それはとても痛い。夜にはそれが積もりに積もって泣き
そうになってしまう。そばにいると、嬉しいのに辛いよ。話をすると、この心は確かにときめくのに、疼いて痛い。


 面倒だと思う。ずっとずっと友だちでいることに、きっと変化はないのに。現状以下も以上もないはずなのに。
なのにこんなにもなにかを求めてしまうのって、すごく愚かなんじゃないのかと思う。こう思うようになってしまうの
なら、好きになんかならなくてよかった。



 神尾は杏ちゃんに彼氏ができたら泣けるのだ。わたしは、神尾に好きな人ができたかもしれない、という予感
だけで泣けた。だからといって、神尾の杏ちゃんに対する気持ちよりも、わたしが神尾を思う気持ちの方が上だ
なんていうわけじゃない。だって、そんなの惨めだ。神尾は杏ちゃんが好きなのだ。



 要するに、わたしも神尾も、なにもしないままぐだぐだと悩み続けるのだ。神尾はそれに無自覚みたいだ。わた
しは自覚しているのになにもしないから、神尾なんかよりもよっぽどタチが悪いのかもしれない。神尾の悪口
なんて言えないな。だけど許して。わたしは神尾が好きです。



 誰かに許しを請うなんて愚かな事だとは思うけれど、わたしはしてしまうんだ。無自覚にわたしを惑わしている
神尾を、少し憎いを思うくらいに、好きになってしまっているということに。それなのに、この気持ちを隠し通す
ことに。神尾は友達なのに、神尾が杏ちゃんと恋人になって幸せになることを、望んでいないことに。



 神尾はわたしが告白しなければ、いつまで経ってもわたしの好きという気持ちには気付かないだろう。だから
わたしが告白をしない限り、こうやって神尾の恋の悩みを聞きながら、時折お菓子を食べてああだこうだと
ふたりで話す日々は続いていくんだろう。たまのお茶なんか飲んだりもして。
 うん、こんな感じ。つまり、痛いっていうこと。好きって痛い。なのに、この手から離れていかないんだ。





/好きってたぶん、もどかしい。/15「許してほしいことがある」