進路を決めるということは、少なからず選択肢があるということで。
 最初からやりたいことが決まってる人間は、そんなことを考えたりしないのだろうと思う。もしくは既にやるべきことが決定している人間は。


さあ」


 担任と個人面談をしていたら、帰るのが遅くなった。
 とぼとぼと歩いていたら、校門に叶がいた。彼の吐く息が白い。



「……どしたの」
「…三星出るってほんとかよ」

 
 どっから嗅ぎつけたのか。










 母さんから聞いた。
 叶は呟いた。どうやら三橋くんも三星を出るらしく、それが今期生の中で一番有名だった。三橋くんはあらゆる意味で有名だったから。逆に言うと、その噂のお陰で、他の外部受験生の噂は流れにくくなっている。だから、わたしにしてみれば、変だけど三橋くんに感謝している。

 こうやって、理由を聞かれるのが嫌だから、だ。



「三橋も外部行くんだ」
「…知ってる」
「てか、群馬も出るんだっって。埼玉行くらしい」
「ふうん」
「お前は、どこ行くんだよ」
「…わたしは、県内だよ」



 県内有数の進学校の名前を挙げると、叶は「ふうん」としか言わなかった。そして、「三星でも、いいじゃん」なんて、言った。



「なんで、お前まで出てくんだよ」



 それは、三星にあんたがいるからだ。



 別に、叶だけが理由ってわけでもない。
 それに、三星が大嫌いだっていうわけでもない。友達は好きだ。でも、自分を向上させるチャンスがあるならば、そっちに行ってもいいと思った。進学率云々もそうだけれど、向こうはれっきとした男女共学校なのだ。彼氏がほしいんじゃない。ただ、早くわたしの中の「男子」のイメージを塗り替えてほしいのだ。そのためには、ここにいてはいけないのだと思う。



 わたしの中の男子は、いつまでたっても叶だ。
 無邪気で、気を遣わなくて、悪気もなく人を傷つける。そして、それに気付かない。
 叶はいつだってそうだ。
 わたしのことを簡単においてけぼりにする。



 わたしの中から、叶が離れない。
 たとえ校舎が離れても、変わらない。噂しか聞かなくても、変わらない。
 きっと、こうやっている今も叶はどんどん変わっていくのに、わたしが叶を思うことが変わらない。



「なあ、



 叶はどんどん先に行っちゃって、わたしはそれを後ろで見ているだけ。
 背は小学校6年生のときに抜かされた。走るのがわたしより速くなったのはいつからだっけ? 叶はいつからわたしに本気でボールを投げなくなった? 全部全部、過去の出来事だ。もう、わたしは叶のことがわからないよ。



 わかる?
 わたしは、叶に関する選択権がないんだ。思い続けるということしかできないんだ。
 なのに、ずっと悩み続けるのって、馬鹿みたいじゃないか? だったら断ち切る方が、よっぽど頭がいいんじゃないだろうか? だから、わたしは、離れるよ。二択なんだ。



「なんでお前まで、俺を置いて行っちゃうんだよ」



 うるさい、黙れ。
 悔しかったので、叶を引き寄せてキスしてやった。離れる間際、ついでに唇を舐めてやった。唖然とした叶の顔。「初めてだった?」と聞くと、悪いかよ、と叶が呟く。わたしも初めてだったよ、悪いか、ばか。この鈍感。早く、わたしに気付いてくれ。わたしがここにいるってことに。わたしを思い出してくれ。わたしが叶のことを思う半分でもいいから。



 きっとこの人はわたしを忘れることができないだろう。わたしが叶を忘れられないように。
 ざまあみろ。




 /絶対この人鈍感だと思う。聡くねえ。てか短いな/もう声は届かない