夏休みとか春休みとか、まあとにかく長期の休暇にならないと、彼は帰ってこないものだから。


 夏休みとか春休みとか、まあとにかく長期の休暇にならないと、彼女には会えないものだから。






 


「おい」


 久し振りに聞く声だったから、わたしはわざとゆっくり顔を上にあげた。しゃがみこんだわたしの上に、きり丸の
小憎たらしい不機嫌な顔があった。わたしは久し振りに逢うきり丸に、なぜだか恥ずかしくなって、ツンと意地の
悪い女になってしまう。素直になれない。不器用だと思う。でも、仕方ない。




 久し振りに会ったから、どういう雰囲気で話し掛けたらいいのかわからなくて、思わずぶっきらぼうに言い
放った。はゆっくりとこっちに顔を向ける。その仕草が、また俺の知らないで、どきっとした。会うたび
会うたび、この人は変わっていくから怖い。





 彼は逢うたびに、顔とか体とかが変化していく。面白いくらいに、だ。成長期の男の子って、こんなにもすぐに
変わってしまうのか、と実感する。まったくもって、不思議だ。





 が変わっていく、と気付いたのはいつからだろうか。くの一の女子たちとは、少し違う。たまにしか会わ
ないからかな、と乱太郎に言うと、たまに会うから変化が明確なんだよ、と笑われた。それでも、くの一とは違う。




「なによ」
「それはこっちの台詞だよ、なにしてんの?」
「アリの研究」
「…なんで?」
「…なんとなく」




 本当は、嘘だ。そろそろ、きり丸がこの町に帰ってくることがわかっていたから、すぐに見つけてもらえるように
ここで待っていたのだ。確かにアリの観察はしていたけど、そんなのただの理由付けに過ぎない。




 アリの研究って、ちょっと。そういえば、は俺がこの町に帰ってくるたびに「雲の観察」とか「風の研究」とか
言ってここにいる。町の入り口の近くの田んぼの道。だから、俺も町に帰る前に、ここに寄ってから来るんだ。





 きり丸は、逞しい。わたしよりも、遥かに。
 逢うたびに、彼はどんどん成長していく。
 わたしみたいに、弱弱しくない。



 は、滑らかだ。俺よりも、遥かに。
 会うたびに、滑らかに成長していく。
 俺みたいに、無骨じゃない。



「手、泥ついてんじゃん」



 わたしの手の泥を、きり丸が手で払う。わたしときり丸の手が重なる。
 ごつごつした手。いつからこんな風になったんだろう。いつから、わたしの知らない時から?



 触れた瞬間、え?と思った。どうしてこうなったんだ。いつから、こんなに、柔らかく。白く。
 柔らかい手。出会った時とは違う。手だけじゃない。顔も、身体も、声も、雰囲気も。



 初めてきり丸に逢った時、きり丸はわたしと同じように子どもだった。土井のお兄さんの学校の生徒なんだって
説明されて、ふうん、としか思わなかった。だって彼は、近くの寺子屋に来ているわけでもなかったのだから。
長期の休暇にしか帰ってこないのだから。



 初めてに会った時、俺と同じように子どもだった。土井先生の家の近所に住んでいる、と紹介されても、
ふうんとしか思わなかった。だって俺は休暇の最中はバイトでいっぱいだったし、他のことを見る余裕ってのも
なかなかなかったし。



 いつから、こうやって意識するようになったんだろう。暑い。熱い。なのに心のどこかは冷え切っている。
 きり丸に逢うたび、どこかはものすごく熱くなるのに、どこかがすごく冷たくなっていく。



 いつから、こうやって意識するようになっちゃったんだろう。だって、少ししか会わないじゃないか。
 だけどに会うたび、俺は少しずつを意識して、少しずつも変化していくんだ。




「…おかえり」
「ただいま」




 結局、わたしが彼にできることなんて、これくらいしかないのだ。ただ、帰りを待つことしかできないのだ。
 これは、きり丸がいつか就職をして、どこかで見知らぬ人の命を守るために、忍者になった時だって。
 わたしはただ、ここで待つことしかできないのだ。わたしはただ、ここで言うことしかできないのだ。 



 結局、俺がにできることなんて、これくらいしかない。ただ、帰ってくることしかできない。
 ここが帰るべき場所なのだと思い始めたのはいつからなんだろう。だけど、ここに戻ってくれば、俺は安心でき
るんだ。
 俺はただ、ここに帰ってくることしかできない。ここに戻ってくることしかできない。



 これが恋なのだと気付いたのはいつからなんだろうか。
 自分に対して、ものすごく厳しくなったのはいつからなんだろうか。
 こうして目を合わせたら、キスをしたくなったのはいつからなんだろうか。




 これが恋なのだと気付いたのはいつからなんだろうか。
 自分に対して、ものすごく厳しくなったのはいつからなんだろうか。
 こうして目を合わせたら、キスをしたくなったのはいつからなんだろうか。





 また、どこかが冷たくなった。こんなにも暑い日なのに。
 また、心が痛くなった。こんなにも安心できる場所のはずなのに。





/反転してみてください。/29「2人遊び」