隣のクラスの榎本くんから告白された。
「は?! 榎本って、あの榎本?」
「あの榎本がどの榎本かはわからないけど、隣のクラスに榎本くんは一人しかいないよね」
「えー、嘘、すごいじゃん、」
なにがすごいのか、まったくわからない。
多分わたしがそう思ったのがわかったのだろう。恵梨ちゃんは溜息を吐いてから「榎本は、アンタが思ってる以上に人気がある男だよ」と言った。なんでも恵梨ちゃん曰く、サッカー部の一年にしてレギュラーで、勉強も出来て性格もいい、その上ルックスも爽やかで、とにかく言うことナシらしい。
「で、付き合うの?」
「うーん、考えさせてくださいって言った」
「あ、珍しい。いつもは即答でオーケー出してたのに」
「んー、それでもよかったんだけど、榎本くんが、「返事はゆっくりでいいから」って」
「はあー、すごいしっかりしてるわねえ。話したことないから、まずはお友達からみたいな?」
「うん、そんな感じ」
「……ていうかアンタ、栄口とはどうなったの?」
「恵梨ちゃん、絶対わたしと勇人のこと勘違いしてるよね。全然そんなのじゃないから」
恵梨ちゃんは、中学からの友達だ。だから、わたしと勇人が家が隣同士で仲が良いってことを知ってる。それで、どうにもわたしと勇人が付き合ってると思ってるらしい。おかしい。
「だって、全然違ったじゃない」
「なにが?」
「も、栄口も。他の人に対する態度と、二人だけの時の態度、まさに恋人ってくらい違ったわよ」
「……わたしと、勇人は、ほんとにそんなんじゃないんだって」
わたしは、勇人に完全に甘えてる。
そう気が付いたのは中2の時。暑い夏の日で、勇人の部屋で二人で勇人のお姉さんが差し入れてくれた棒アイスを食べていた。確か、夏休みの宿題を二人でやってたんだ。中学で同じクラスになったことは全くなかったけど、勉強でわからないことがあったら絶対に勇人の部屋に行っていた。
その時、勇人がわたしの手に垂れたアイスを、「ほら、垂れてるから」とかなんとか言って、勇人の手でそれをぬぐった。手と手が触れた。そんなの、なんてことのないことなのに、その瞬間、ああわたしと勇人は違うんだ、と思った。わたしと勇人は、女と、男で。
よく考えたら、勇人ってかっこいいよなあ、優しいし、なんで彼女いないんだろ?
そう考えて、ぼんやりと「なんで勇人彼女作らないの?」となんとなく聞いてみたら、その時勇人は苦笑しながら、自分の手をティッシュで拭いて、そして、
「がいるから、かな?」
「え?」
「の面倒見るの楽しいし」
その時、はっきりとわかった。
あ、この人、わたしがいるから彼女できないんだ。
勇人は小さい頃から、ずっとわたしの面倒を見てくれていた。最初は、親同士が仲がよかったから半ば無理矢理って感じで遊んでいて。わたしは幼稚園の頃からずっと捻くれていたから、優しい勇人はずっとわたしのそばで笑って、遊んでくれて。だんだんとわたしは勇人に甘えて、勇人にしか甘えなくて、友達ができなかった。そうしたら、勇人はまた、友達がいないわたしと遊んでくれて。
それが、ずっとだ。中2の夏のあの日に、わたしは気が付いた。
そう、わたしは中2まで、勇人以外に心を許せる友達がいなかったのだ。
きっと、勇人には他にもたくさんの友達がいるだろうに、わたしを優先させて。
本当は、彼女ができたっておかしくないのに。わたしが、いるから。
―――それから。
わたしは運よく同じクラスだった恵梨ちゃんと波長が合うことに気がついて仲良くなった。それを勇人に話して、だからもう大丈夫、ってアピールをするようになった。それと、その頃初めて人に告白されて、わたしは初めて彼氏ができた。それも勇人に言った。だから、大丈夫なの。わたしはもう平気なの。
だから、勇人も。
でも、わたしは彼氏と長く続くことはなかった。
告白されて、オーケーして、振られて。わたしから振ったことは一度も、ない。告白したことも。
振られると、わたしはそれを勇人に報告しに行く。なぜか。依存してるとしか思えない。なのに、勇人は誰よりも―――たぶん、わたしよりも、わたしのことをわかってる。だから、すごく安心する。
同じことを、繰り返す。
それでも、勇人は笑ってる。
全部、ぜんぶ、わたしのせいだ。
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