水谷、ふみきくん。たぶん、みずたには水谷以外漢字が思い浮かばないからこれであってるんだろうけど、ふみきは漢字がまったくわからない。文樹とか、史紀とかかな。とても可愛い名前だと思ったから、かわいいですね、って言ったら水谷くんは困ったような顔をしてた。


 水谷くん。どこか頼りなさそうだけど、勇人の友達だから、お願いをした。
 勇人が困ってたら、助けてあげてください。わたしにはできないことだから。
 本当は、わたしがしなきゃいけないってわかってるんだけど、もうわたしには勇人が見えないから。







 恵梨ちゃんとわたしは、偶然同じ高校に進んだ。学力も同等だったし、なにより自宅から近い高校を選んだ。すると、同じ中学だったわたしたちは自動的に同じ学校になったのだ。


 そんな恵梨ちゃんは、わたしと榎本くんの仲をかなり応援している―――というのは嘘だってことを知っている。恵梨ちゃんは、本当はわたしと勇人が付き合えばいいと思っているのだ。




 この前、榎本くんの家の遊びに行った。
 榎本くんが部活休みの木曜日に、うちに来ない? って言ってくれたのだ。別に否定する理由もなかったから遊びに行くことにした。わたしたちって結局付き合ってるのかな。よくわからない。よくメールやCDの貸し借りはする。でも、それは「付き合ってる」ことになるのだろうか。


 その時、榎本くんと勇人のことについてしゃべった。
 恵梨ちゃんがしゃべったらしい。ほらみたことか。


「俺、思うんだけど、ってその栄口くんが好きなんじゃないの?」
「勇人は、そういうのじゃないよ」
「…でも、俺、そんな気するよ?」


 そう言ったあとから、榎本くんは「ごめん、俺が口出すことじゃないよな」と謝った。今の言葉からして、きっとわたしたちは付き合ってないんだよな。友達からってのはすごく曖昧な言葉だよなあ。友達からどこに向かう関係性なんだろう。恋人しかないのかな?


「ううん、わたし、気にしないよ」
「……俺さ、のこと好きだって言ったじゃん」
「うん」
「でも、付き合いたいとか、そういうことじゃない気がするんだよね」
「どういうこと?」
「なんか、から目離せないんだよなー。まず、話してみたかったのかも」
「そっか、でもわたしって、あんまりおもしろくないよ?」
「そうか? 俺にとってはめちゃくちゃ面白いけど」


 はは、俺って変かも、と言って榎本くんは自分で用意したジュースを飲んだ。








 榎本くんと、遊ぶ回数が増えた。といっても、榎本くんは部活をしているので、そんなにしょっちゅう会っているわけじゃない。そして、遊ぶといってもなにをするわけじゃない。ただ、おしゃべりをするだけ。そして、わたしは勇人にも恵梨ちゃんにも言ってないことを相談した。

 それは、わたしと、勇人のこと。



「俺が話を聞く限り、栄口くんはさ、別にのことウザいとか思ってないだろ」
「そうかな」
「俺なら、絶対ウザいとは思わないけどな、がひっついてきても。むしろ嬉しい」
「…なんか、それには他意がありそうな気がするけど」
「あ、そう?」


 榎本くんは、勇人に似てるのかもしれない。恵梨ちゃんに指摘されてわかった。だからわたしは榎本くんに心を開けたのかもしれない。確かに、榎本くんも優しいという点―――優しいっていうのにもいろんなジャンルがあると思うんだけど、その優しさがすごく似たものであると思う。

 だけど、榎本くんは、勇人じゃない。


「わたし、勇人のことは恋愛対象に見たことがない。だけど、わたしが勇人の近くにいると、勇人は他の女の子と一緒にいられなくなっちゃう気がする」
「……で、は離れたってこと?」
「…だけど、勇人は優しいままなんだよ。わがままとか言えないんだよ。わたしがずっと近くにいたから。それは、わたしがなんとかしなくちゃいけないことなんじゃないかなって思う」



 わたしがなんとかしなくちゃいけないことを、わたしは放棄した。
 勇人の世界が、他に広がっていることを実感させられたから。




「あのさ、
「なに?」
「―――俺と、付き合ってくれない? ほんとに、恋人として」




 榎本くんが勇人でないように、勇人は榎本くんじゃない。
 そして、榎本くんの家から帰る途中に、勇人と水谷くんに会ったのだ。




 勇人がどうしようもなくなったら、水谷くん助けてあげてください


 都合のいい言葉を並べて、わたしは逃げた。