想定の範囲外でした。

 今までの僕の人生は、概ね自分の到達したい目標をクリアしてきました。無論それは努力無しでは得られるはずもないものばかりで、つまり僕はそれに見合うだけの努力をしてきたつもりです。それについては謙遜などする必要もないことですし、恥らうように隠すべきことでもないと僕は考えています。何故ならば、僕はそれ相応のことをしてきたのだから。

 しかしながら、彼女との出会いは僕の予想の範疇を超えていました。

 彼女の名前は、と言います。






「観月? なに怒ってんの?」
「…別に、怒ってなどないです」
「嘘付け。そんないかにも怒ってますというオーラを発しながらそんなことを言うな」




 の顔を一瞥すると、なによと言わんばかりの顔をしていました。不満げ、とでも言いましょうか。はあ、と僕が溜め息をつくと、は「なにかあるならいいなさいよー!」と更に機嫌を損ねたようです。




「僕の言いたいことがわかりませんか」
「はあ? そんなのエスパーじゃあるまいし」
「なら説明しなければなりませんね」




 忌々しいあの事件のことを。
 僕がそれを知ったのは、昨日のことでした。学校練習用のボールを発注しにテニスショップに向かったところ、青学の菊丸と桃城と(憎き)不二(兄)に偶然出会いました。そして彼らと世間話程度の会話をしていると、桃城から僕の姉に会った、という話を聞いたのです。




「先日、僕のことを「弟だ」と言ったことはありませんでしたか」




「…あ!」
「僕は怒ってるんですよ」
「……はい」
「青学の連中に、どれだけからかわれたことか」
「え、からかわれたの?」
「…とにかく、そんなことはいいんです」





「頼みますから、次からはちゃんと僕のことを恋人だと言ってくれませんか」



 想定の範囲外だったのです。
 僕は恋愛にあまり興味もありませんでした。なぜならば、それが今の自分にとって必要なのか? という天秤に掛けたとき、僕の到達したい目標にとってそれは邪魔になるという結論が出ていたからです。俗に言う「恋愛にうつつを抜かす」など言語道断。もっと有益になることを優先すべきです。誰かに心を奪われるなど、効率として非常に悪いことだ。


 けれども、僕はに出会ってしまいました。
 絶世の美人というわけでもありません。性格がものすごく良いわけでもありません。彼女は子どもみたいに笑い、はしゃぎ、思慮分別に欠けている部分も多々見受けることができます。授業中寝ていることもありますし、忘れものも非常に多い。意地を張り、なかなか自分の意見を曲げることができません。



 しかしながら、僕はそんなを不覚にも「好きだ」と思っている。
 きっと彼女がいなければ、僕は駄目になってしまうでしょう。そんな確証さえ得てしまうほど、僕の世界は彼女がいて成り立っている。寧ろ、彼女がいなかった時のことを、僕は上手く思い出せないほどだ。



 僕は彼女と出会ってしまった。
 それはなんの前触れもなく、僕はそのための努力をしていたわけでもなかった。今まで何かを得るためには計画と努力が必要だと思っていた。けれどもこの事に関しては僕はなんの計画も立てることはできなかったし、どういった方向に努力を進めればいいのかわからなかった。


 初めて運命を感じたと言ったら、きっとは笑うだろう。
 運命とは予想外なものと決まっている。


 彼女が直し損ねた寝ぐせさえも愛しい僕は、大概おかしい。
 はねた髪の毛を僕はゆっくりと撫でる。はふにゃりと情けなくなるような笑顔を浮かべて、ありがとうと言う。このタイミングで、この人は僕の心の隙を突いてくる。だから、僕はから離れられない。



 もともと、予想外の恋だったのだ。
 だから、明日も、君はこうであればいいのだ。










 「あ、そういやこの前観月さんのねーちゃんに会いましたよ」
 「はい?」
 「なんか試合見に来てた女の人に偶然マックで会ってー、声掛けたら「姉です!」ってさ」
 「……」
 「あれ? 違ったんスか?」
 「…もしかして、彼女だったんじゃないの?」
 「え、そうなんスか?」
 「あっはっは! 観月ってば、彼女にそんな扱い受けてんのー?!」







 /観月とか久し振りすぎてビビる。書ければそれでいい。/出逢うならまた君がいい