「他ならぬ不二くんに、どうしてもお願いがあるんですけど」
「断る」








「なんで、断るなんて即答するのよ、まだ聞いてもないくせに!」
「大体が俺に頼むことなんて、ロクなことねえだろ!」



 俺がそう切り返すと、は口を尖らせて「なによ、この前宿題写させてあげたっていうのに」と文句を言った。
なに言ってんだ、宿題写させてあげるから数学のノートを見せろとせがんだのはの方だろ。そう言い返そう
とした途端、俺の机の上にコンビニの袋が置かれた。なんだよ?との顔を見ると、顔の前で掌を合わせて
目を瞑る





「セブンの新作とも迷ったけど、やっぱり定番のショートケーキでいかがでしょうか、裕太さん」
「・・・こんなことまでして、いったいなんなんだよ」
「や、物分りのいい不二くんでよかったよかった!実はというとですね、」
「いい加減になさい、さん」





 背後からの声に途端にびっくりして、体が震える。そこにいたのは、やはり予想通りの人だったわけで。
「観月さん、どうしたんですか?!」
「どうもなにも、さんがあまりにもおかしな言動をするので注意しているんです」
「観月先輩には頼んだけど、断られたからさあ、もう不二くんしか頼る人間がいないんだって」
「・・・で、なんだよ」
「木更津先輩のメアド教えてください!」
 この通り、とまたは頭を下げた。







 本人が公言しているわけでもないけど、観月さんはが好きらしい。ていうか間違いない。
 観月さんがのことをどこで知ったのかは俺にはわからないけど、とにかくのことになると観月さんは
途端におかしくなる。挙動不審だ。あの冷静沈着の観月さんが。






「・・・なんで、木更津さんのメアドなわけ?」
「いや、理由は言えませんが、とにかく知りたいわけですよ」
「・・・本人に頼んだ方がいいんじゃ・・・」
「そんな、1回もしゃべったことないのに、聞けるはずないじゃないですか」
「ならなんでわざわざアドレスを知りたがるんですか!」


 ・・・こんな感じに、すぐ取り乱すようになった。






「もう、観月先輩は教えてくれないんだからいいですよ、ていうかわざわざ2年の教室まで来なくても」
「そうやって貴方の形振り構わず目的を達成しようとする行為がまわりに迷惑をかけていることに気付きなさい」
「ああもう、観月先輩、お母さんじゃないんだからほっといてください。わたしは今不二くんに相談してるんです」
「誰が貴方の御母さんなんですか、こんな娘は欲しくないですよ」
「すみませんねこんな娘で!わたしは今観月先輩じゃなくて、木更津先輩のことについて話たいんです!」



 そうが言い切ると、観月さんは怒りの頂点に達したようで「もう結構です!」と一喝して教室を出て行った。
 嵐が去った・・・とクラス中の誰もが思ったはずだ。というか、俺はそう思った。




「なんなの、観月先輩」
 どんだけ鈍いんだおまえ、ちょっとは周りを見ろよ。俺は頭を抱え込む。観月さんも、また厄介な人を好きに
なったりしたもんだ。他にもっと恋愛しやすい人間もいるだろうに。わざわざ観月さんが、階の違う2年の教室に
まで来る理由を、は全くもってわかってないんだ。




 それでも、観月さんはのことが好きで。
 をすごいと思う。観月さんがあそこまで惚れ込む人間も、そうそういるもんじゃないだろう。
 いつもは他校から恐れられるデータマン。部内でも恐怖の存在として君臨するマネージャー。
 その人が振り回される姿は、見ていて面白いや、と笑う先輩もいる。けれど俺に、そこまで楽しむ度胸もない。





「・・・で、ほんとに、なんで木更津さんのメアドなわけ?」
「え、もう、不二くんにだけ言うけど、わたしの友達のいっちゃんがね、木更津先輩のこと好きなんだって」
「・・・伊沢さんが。じゃなくて?」
「なんでわたしが木更津先輩のこと好きなのよ」

 ほら見ろ、観月さんの心配するようなことはなにひとつないんじゃないか。それに振り回される俺の気持ちにも
なってくれ。振り回される観月さんの気持ちも、わからなくもないけれども、それとこれとは話が違う。





 それでもなにかを頼む時、面倒臭がりのが同じクラスの俺よりも、他学年の観月さんを頼るってことは、
観月さんもそれなりに期待してもいい気もする。・・・なんて、観月さんには言えないけど。




 とりあえず、目の前に残されているショートケーキに手を付けるか付けまいか、俺は所在無く頭を掻いた。
 今日の部活は、怖いことになるかもしれない、と不安に思いながら。







/初観月。苦手かと思いきや、意外と大丈夫な自分がいた。/7「愛される才能」