わたしは世の中でわたしが一番可愛いだなんて自惚れるつもりはまったくもってない。 だけど、わたしは世の中で観月はじめの恋人はわたしひとりだと思いたい。 「人気ですねえ、観月センパイ」 「・・・ヨウちゃん、それ、今は洒落にならない」 「・・・まあ、確かにあの子は可愛いねえ」 確か、あの子は2年生の、聖書部の子だったと思う。ていうか間違いない。この前、はじめと一緒に教会に なんているものだから、なにかと思ったら「ああ、今度の礼拝のことについてですよ」なんてあっさりとはじめ は言い切った。あの子をそれはもう小さくて白い顔をこくこく頷かせていた。大人しそうな雰囲気の子だから、 わたしはなにも言えなかった。(なんであの日に限って、わたしは教会の掃除当番だったんだろう) 今だって、わたしの教室から中庭にいる2人がよく見下ろせる。そりゃあもう、ばっちり。なんでわたし、こういう 時だけ視力がいいんだろう。はじめのことに関して、なんでこんなにも見えちゃうんだろう。 ヨウちゃんはリプトンを飲みながら「人気の彼氏を持つってのも、なかなか辛いね」と言った。 「なんであんなのが人気なの」 「だって、観月ってテニスしてるところかっこよかったしねえ。あれじゃん、王子様みたいじゃん」 「全然だよ、確かにテニスしてるとこはかっこいいかもしれないけど、あんな神経質な王子様要らない」 「そこが尚更王子様みたいじゃない」 「単にわがままなだけじゃん」 そう言ってまた見下ろすと、なにが面白いのか、2人して笑い始めた。それはもう楽しそうで。絵になる、って こういうことだと思った。すごく絵になった。この一瞬が、ずっと続いてもおかしくないと、客観的にそう思った。 もうすぐ冬で、風がそろそろ冷たくなってきた。さっさと放課後になって、家に帰りたい。 「・・・はじめって、前は、わたし以外の女子とあんな仲良さそうにしゃべらなかったのに」 「観月って人を認めないと心を許さないよね」 「あの子には心を許してるってこと?」 「ていうか話合うんじゃない?あの子、確かどっかのお嬢でしょ」 確かに、わたしは一般家庭の娘ですよ。 あの子みたいに可愛らしくもないし、白が似合うわけでもないし、指も子どもみたいだし。 ルドルフの制服だって、あの子が着ればばっちり清楚なのに、わたしは着崩しているわけでもないのにどこか ぎこちない。アンバランス、と親に言われたこともある。 「私服だって、すごいんだよ、薔薇とかさ」 「・・・」 「普段だってさあ、テニスのことばっかで、引退してもスクールに行ってるし」 「・・・ねえ、ちょっと」 「・・・わかってるよ、はじめは努力家で、わたしには似合わない人間だってことくらい」 わたしとはじめが並ぶと不釣合いだってことくらい、わかってる。 周りがとやかく言う前に、あの可愛らしい子が出てくる前に、わたし自身が気付いてたよ。 涙で世界が滲んで、はじめとあの子の姿が霞んでしまう。ヨウちゃんの声も、段々遠のいていく。 わたしは世界に置いていかれる。 見えたくないものもあった。見えてしまうものもあった。見えないふりをしたものもあった。 ただ、わたしとはじめの間には、それが多すぎた。わたしが認めることから逃げていたから、それはどんどん 肥大していった。大きく大きくなって、わたしの心を蝕んだ。 ねえ、わたしははじめのことが大好きだよ。 さっさと家に帰りたい。そして、はじめのことも、あの子のことも、大嫌いな自分のことも、全部忘れるくらいに 寝込んでしまいたい。そう思った瞬間、意識がフェイドアウトしていった。 → 22「君を見ていた」 |