熱いな、と思って目が覚めた。ゆっくり瞼を開けると、見慣れた顔が見慣れた不機嫌でそこにいた。
 熱い、と思ったのは、わたしの頭に添えられた、はじめのてのひらが原因だったのかもしれない。






「・・・はじめ」
「・・・ようやく目が覚めましたか」
「どうして、わたしの家にいるの?」
「ここはの家ではありません。保健室です」




 え?と思って身体を起こそうとすると、はじめに「安静にしてなさい」と止められた。でも、確かに枕の感じも
ベッドの硬さも家のソレとは違う。窓からは橙の陽が差し込んでいた。





「・・・どうして、わたし保健室で寝てるわけ?」
「貴方は、昼休みに倒れました」
「え?」
「あまり驚かせないで下さい。僕だってそこそこに忙しいんです」
「・・・ていうか、はじめ今日スクールじゃなかったっけ?」
「・・・細かいことはいいんです」





 はじめは苛付いたように目線をあちこちに移しながら、髪の毛をいじる。わたしはそれをどうしようもなく
眺める。やっぱり、かっこいいよなあと思った。テニスしてる以外にだって、はじめはかっこいいよなあ。
 勉強してる時も、疲れてうたた寝をしているときも、テニス部のメンバーと笑い合う時も。なにをしていても、
わたしははじめに見惚れてしまって、改めてわたしとはじめの差を感じてしまうんだ。







「漆原さんから聞きました」
「・・・ヨウちゃんから?」
「貴方が、また下らないことで悩んでいると」
「・・・ヨウちゃんのお節介」
「本当に、貴方は馬鹿ですね・・・呆れて物も言えません」






「関水さんのことですが」
「・・・聞きたくない」
「聞かないと、の解決にはならないでしょう」
「そうだけど、でも」






 知ってしまえば、更に差を感じる。詰まらない差に驚く。
 知れば知るほど、他人だと思う。違う世界に怯える。
 知った途端に、好きだと思う。はじめの全てが愛しいと思う。
 わかっているから、怖いんだ。






「確かに、彼女はいい人間です。趣味も趣向も、実に僕に似ている」
「・・・どうせ、わたしは」
「それでも、僕は関水さんを恋人にしようとは思いません」






 はじめの口から零れた言葉に驚いて、顔を見上げる。はじめはまだ、目線を定めない。ねえ、こっち向いて、
今の言葉をもう1回言って。心でせがんでみると、はじめに伝わったのかどうなのか、仕方ないですね、とも
言わんばかりに口を開いた。







「・・・見えないんですよ」
「え?」
以外に、恋人にしようと思う人間が、見えないんです」







 聞き間違い?なんて思うほど、わたしは無粋じゃない。だからと言って、今の言葉をそのまま受け入れられる
ほどわたしが素直だったら、こんなにも悩んだりしない。
 今の言葉を吟味して、じっくりよく考えて、それからはじめに質問する。






「わたし、はじめが行くようなレストランは苦手だけど」
「知ってます」
「はじめの服のセンスもどうかと思うけど」
と僕とでは、考えが違いますから」
「・・・あんなに、可愛らしくないよ」
でしょう。それに、僕は可愛いから彼女にするんじゃありません」





 え?と言ってはじめの顔を見る。はじめは目を逸らさず、真っ直ぐにわたしの顔を見た。綺麗と純粋に思った。
夕陽とはじめの髪が混ざり合う。絵になる、と思った。あの子とはじめの2人きりよりも、ずっとずっと。






「・・・好きだから、彼女にするんです」





 答えはシンプルでしょう?とはじめは言い切った。










「ほら、帰りますよ」
 はじめが鞄を持って立ち上がる。大丈夫ですか、とわたしに声を掛けてから。
「うん、大丈夫・・・あ、わたし、鞄教室」
「まだ呆けてるんですか、ここにありますよ。用意しておきました」
「あ、ありがとう」
「らしくないですね、が素直にお礼を言えるだなんて」
「うるさいなあ」
「それでこそ、僕のですよ」






 勝ち誇った顔をして、はじめはわたしが立ったのを確認すると、「行きますよ」と言った。
 わたしは待って、とはじめのブレザーの袖を掴んだ。確かに掴んだ。
 確かに、はじめはここにいるのだ。わたしの世界に。
 わたしとはじめの世界に。





/前後編なんて久し振りに書いたよ。/21「夕暮れ」