タイムマシーンがあればいいのに。
 そうすれば、今日古典の授業で全然わからないところが当たる前に、予習して万全の体勢で構えてられた。
保護者会の欠席表も、朝に戻って自分に忘れないように、って言えたのに。そのことで怒られて、お母さんに
おつかいを強制されることもなかったのに。
 過去に戻って、わたし自身に教えてあげられたら。








「・・・?」
「・・・渋沢?」
 駅前のドラッグストアでシャンプーを買って、ちょうど店から出るときに、中学の頃の同級生に再会した。と
言っても、わたしが通っていた武蔵森は、女子男子別の棟で授業をしていたから、そこまで親しい間柄ってわけ
でもないんだけど。




 目の前の男は、よかった、他人だったらどうしようかと思ったよ、と爽やかに笑った。相変わらず、そういうとこ
は変わってないね。高等部の制服を着ているところを、わたしは見たことがなくて、なんだかそれだけですごく
大人っぽく見えてしまった。というか、元から大人っぽい人間なんだけど。




「久し振りだな」
「うん、そうだね、渋沢は、今日こんなとこになんか用でもあったの?」
「ああ、大会の申し込みがあったんだ」
「え、渋沢がそんなことやってるの?」
「1年だからな、雑用も任されるさ」




 ああそっか、1年だもんね。とわたしは納得した。わたしの中では、どうにも渋沢が後輩で、雑用を任されて
いるところはピンとこない。
「そっちは、どうなんだ、新しい学校は」
「うん、まあまあいいとこ。女子校だから、あんまり変わらないけどね」







「・・・三上とは、連絡取ったりしてるのか」
 ぼそり、と渋沢が言った。思わず、体が硬直する。






 三上はわたしと友達だった。三上は学年でとびきり可愛い子と付き合い始めた。わたしは高等部に進学しない
で、外部受験した。三上には黙っていた。




は黙って消えただけだったな」
「そんな、楽したみたいに言わないでよ」
「実際そうだろう。俺はは自分で三上に言ったと思っていたよ。その後の三上に対するフォローが大変
だったことは嘘じゃないしな」
「・・・そこまで怒ることじゃないでしょ」
「まあ、俺のは単なる二次災害だけど、三上の方はもっとひどかった。下手したら、今でも相当頭にきてる」
「わたしが外部行こうと、どうしようと関係ないと思ったのよ。三上が怒る理由なんて、ないと思ったから」
「それは逃げた言い訳にはならないな」
「・・・なに、それ」
「三上が誰と付き合おうと、には関係なかったんじゃないか?怒る理由なんて、なおのことないだろう」






 三上はわたしと友達だった。三上は学年でとびきり可愛い子と付き合い始めた。わたしは高等部に進学しない
で、外部受験した。三上には黙っていた。


 シンプルに言えば、わたしは逃げた。







「あの頃、三上はお前が好きだったよ」



 そんなこと、今更言われても。わたしは笑うしかないじゃない。ねえ、三上。
 わたしと三上はそばにいると錯覚しすぎた。過信していた。お互いにお互いが近すぎてよく見えていなかった。
見えていないのに、見えていると思い込んでいた。




 口約束よりも不確かだったのに、わたしはなにを信じていたのかな。わたしは三上どころか、自分の気持ちに
も気付いちゃいなかったよ。



 おい、と渋沢がわたしを呼んでいる。だって、こんな泣き顔みせるくらいなら、しゃがみこんだ方がいいじゃない
か。もっと早く気付けばよかったのに。気持ちと、正直になることを。泣きたい時には、泣いてしまえばよかったこ
とを。弱さもさらけ出してしまえばよかったことを。





 今、タイムマシーンがあって、あの時のわたしのところへ行けたら、わたしはなんて言うんだろう。
 気付いた方がいいよって、素直になった方がいいよって、諭すのかな。きっと、それでもわたしは動かない
気がするけど。それでも、ちゃんと自覚させてあげればよかった。自覚しないままだったから、中途半端にこの
気持ちは消えてくれないんだ。決着しないから、ふらふらと中途半端に、不完全燃焼だ。





 (燃え尽きてしまえばよかった 水をかけて消してしまえばよかった)
 どっちにしろ、気付かない振りをしたのが、よくなかった。







 頭をよぎる笑顔も、鼓膜を掠める声も、わたしに触れる手の切なさも、すべて三上のものだったのに。わかっ
ているはずだったのに。涙が止まらないくらいに、今では理解できるのにもうわたしの心の横に三上はいない。
 実感したのが遅すぎた。あれは、一生懸命に恋だったのに。





/三上は報われないのがいいと思う。もがいて苦しんで、それでも気持ちを諦め切れなければ良いよ。