「この前、に会ったよ」
 そういえば、という口調で渋沢が言った。
「・・・へえ」
「なんだ、気にならないのか」
「今更、なにを気にしろって言うんだよ」
 俺とは、前のことだ。そして、終わったこと。なにも始まらないうちに終わったんだ。今更それを持ち出して
ああだこうだ言うつもりも、ない。




「いや、まあそんなこともあったな、ということだが」
「・・・いい加減、人で遊ぶのは止めろ」
「お互いな」
「俺は遊んじゃいねえよ」
「それでな、少し話をしたんだ」
「・・・で」
「三上のことを話した」
「・・・」
「泣いてたよ」




 は?と渋沢の方を振りかえる。渋沢は苦笑して、俺が泣かせたみたいで悪かった、とシャーペンを置いて椅子をこっちに回した。





「なんで泣くんだよ」
「不器用だからな」
「答えになってねえよ」
「俺だって、のことはわからない。けどな」
「なんだよ」
「後悔してたよ」
「・・・なにを」
「もっと早く気付けばよかったってな」
「・・・なにに」






 渋沢はまた笑って、苦労するな、と言った。のことに関する苦労なんて、あの頃にすべて置いてきた。
 置いてきたつもりだったのに。苦労も、関係も、心も、やりきれなさも。




 あいつは、泣かなかった。俺と仲良くしてることで女子からいじめられても、理不尽なことで教員から怒鳴りつ
けられても。芯がある強さだった。泣きたいこともあるはずなのに。
 弱さを見せなかった。俺には見せてほしいと思った。それなのに、俺はそこから逃げた。







「お前らは、不器用だよ」


 言われなくてもわかってた。だからあんなに苦しかった。代わりなんていないのに、探し続けた。真っ正面から
ぶつかるのが怖かったからだ。それしか方法はなかったのに。あざとく自尊心が高く、高慢なくせに臆病だった。
 最低だとわかってる。それでも、勇気がなかった。いなくなってから、身に染みた。それまで感じたことがないく
らいに、心が痛んだ。




 もう終わったことなんてわかっていたけど、まだ俺はの名前を聞くだけで心が動いてしまう。街にいても
探してしまう。試合を観に来る女子の中に本当はいるんじゃないかと思ってしまう。意外と、朝起きたら、そこに
いて、笑っているんじゃないかなんて。それを俺は馬鹿、と笑うんじゃないかなんて。


 柄でもない。吐き気がする、なんて毒付いてごまかす。本当、自分でも嫌になる。未練がましいとか、いい加減にしろ、とか、そんなに思うなら、さっさと言っちまえ、とか。






 それから無言になった俺に、渋沢は何も言わずに勉強をやり始めた。わかってる。別にのことを思い出し
たのは、話を切り出した渋沢のせいじゃない。俺の心には、いつまでもがこびりついて離れない。剥そうと
思えば手段はひとつだってわかりきってるのに。それしかねえのに。馬鹿なのは俺だ。



 そう、馬鹿なのは、俺だ。思い出させるだけで、を泣かすなんて。
 思い出すだけで、こんなにもまた、胸が苦しくなるなんて。
 外見だけ取り繕ったって、それすらも消えてしまったら、なんの意味もなくなるっていうのに。





/三上は苦労してほしいものを掴み取った方がいい。いい男なんだから。