「わたしの家は代々魔女の血を受け継いでいるのです」






「・・・どうしたんだよ、急に」
「いいからいいから」



 放課後。部活もエスカレータとは言え、形式的には引退、という形になった。まあ、俺らの代、男子部員は全員
高等部に行ってもテニスやろうな、と言っているから、身体がテニスを忘れないように部活に行ったり、中には
スクールに今だけ通ってるやつなんかもいるけれど。


 季節は、秋。もうすぐ中間考査がある。持ち上がりエスカレータ式だけど、そこそこに勉強をする。
数学ができないと泣きついてきたから、教室に残って教えることになった。



 。中1からの同じクラスの腐れ縁。中2の時なんて、千石まで同じクラスだったものだから、俺は2人に
振り回されっぱなしだった。なにかと俺をネタにしてからかって、2人のふざけあいに付き合わされたり。

 時にはが彼氏に振られた、とか言って泣きついてきた時もあった。その日はそりゃあもう話に付き合わされた結果として「男なんか最低!」と叫んだのだった。愚痴をずっと聞いていた俺は男なんだけれども、そんなこ
とはおかまいなしだ、こいつの場合は。それでも根がいいやつだってわかってるから、俺もずっとこうして友だち
を続けているのだけれど。




 こうした、突然変なことを言い出すのも、いい加減に慣れてきた。けど、今回のはいつもの「あの雲、ケーキみ
たい」とか、猫を追いかけまわしたり、とかという行動とは違うパターン。俺が少し眉を顰めるのに気付いたよう
だけど、は顔色ひとつ変えずに、「ほんとだってば!」と宣言した。





「ねえ、目、閉じて」
「・・・ん」
「なにが見える?」
「真っ暗だけど」
「じゃあ、わたしの言うことだけ聞いていてね」




 大体、俺、の言うことを破ったこともなかったけどな、と思いながらなにも考えずに目を閉じた。蛍光灯の
光が少し残っていて、目が痛い。のやけに神妙そうな声が、気になった。





「南くん、嘘をつかずに正直に答えてください」
「・・・なんだよ」
「南くんは昨日、3組の奥山紗穂里ちゃんに告白しましたね?」
「ちょ、おまえなんでそれ知ってるんだよ!」
「目を開けるな!」




 思わず目を開いてしまいそうになったけど、の声にびっくりして目を瞑る。てか、マジでなんでが知っ
てんだよ。千石にだって言ってなかったのに。は、そういうことに聡いタイプじゃないと思ってたけど。




「南も、面食いだね」
「……うるさい」
「だけど、奥山さんって、彼氏いるよね」
「……で」
「で、南は失恋しちゃったという訳だ」




 そうだよ、と言うと、思いがけずぶっきらぼうな声になってしまった。もそんな俺に気付いたのかどうなのか
は定かじゃないけど、ふうん、と呟いた。自分もぶっきらぼうな口調だったくせに、いつも無駄に明るいがこ
ういう口調になると、嫌に気になった仕方がない。




「わたし、知ってたよ」
「なにを」
「南が、奥山さんのこと好きだって」
「なんで?!」
「なんとなく。……奥山さんに彼氏がいることも、知ってた」



 そこで言葉が途切れる。目を瞑ったままだからわからないけど、は俺のことをからかっているんじゃない
かと思った。第一、なんでバレたんだ。千石にだってバレてないはずなのに。俺は絶対におかしかったと思う。そ
の動揺を隠すために、俺は無愛想になる。




「知ってたのに、南になんにも言わなかった」
「……別に、いいって」
「本当にそう思う? 南、奥山さんに振られて、悲しかったでしょう?」
「…だから、もう」
「わたしが、奥山さんに彼氏がいるよって言えば、南は告白するかどうか考えたよね?」




 ほっといてくれよ。忘れようと思って、見て見ぬ振りをしている感情があるんだから。言われなくたって、十分に
悲しいし、なんか痛いし。でも振られて、それでいいじゃないか、なんでまたそれを掘り出してくるんだ。やべ、俺
なんか今、泣きそうかもしれない。
 

 だから、とは言って、また言葉を切った。そして、たっぷり間を空けてから続けた。



「だから、わたしが南くんの失恋の痛手を治す魔法を掛けてあげましょう」




「いちにのさん、で目を開けて」
「・・・は?」




 ほら、いくよ。いちにの、さん。




 目を開けた瞬間、目の前にはの顔があって、唇には温かく柔らかい感覚があって。
 その後、はがたがたと机や椅子に身体をぶつけて音を立てながら教室から飛び出ていった。
 残ったのは、惨めなくらい呆気にとられた俺と、のシトラスの残り香だった。いい匂いだと思った。



 え? だって、いま、え?


 はただの腐れ縁。中1からの付き合いで、お互いに恋人がいたこともあった。だからといって特別に意識
したこともないし、今までもこれからも友達でい続けるのだと思っていた。また、千石とふざけたりして。一緒にテ
スト勉強したり、そうだ、明後日だって一緒に図書館で勉強するって約束してたじゃないか。今日だけじゃどうし
ようもないとが嘆くから。それに、テストが終わったら映画に行こうとかも言ってたし、高校入ってもクラス一
緒がいいね、なんて笑っていたりしてたじゃないか。

 だけど、もう戻れるものか。ていうか、いつから? というか、自惚れて良いのか? そういうことだと思ってしま
って本当にいいのか? 答えは自分の中にあるはずがない。答えを知っているのは、だけだ。


 キスをした直後、が、今までにないくらいに泣きそうな顔だったのは、俺の気のせいか?
 だって、泣きそうだったんじゃないか。さっきまでの俺のように。それも、ずっと、ずっと。




 本当に、魔法がかかったと思った。
 なぜなら、俺の脳内には、もうのことしか詰まってなかったからだ。
 参った、なにはともあれ、参った。俺は椅子に座ってだらりと体の力を抜く。そして天井を仰いで「マジかよ…」
と声に出してみた。そうやって言葉にすると、さっきの出来事が更にリアルなものとして自分の中に確立した。
 炭酸の抜けたコーラみたいだ。どこかに飛んでいってしまった。いろいろなものが。なにかを残して。





/she knows this answer,but I don't/34「ありふれた魔法で」