昨日の夜、少し泣いた。
いざ、現実になるとなかなか泣けない。それはわたしのひねくれた性格のせいだろうか? すこし考えてみるけど、そういうわけではない気がする。常に想像では最悪の状態を考えているのかな―――それも少し嫌かな。そんなことをぐだぐだと考えていたら、後ろから頭をはたかれた。
「あ、南」
「、お前帰るなら一言声掛けろよ」
「あー、テニス部で集まるのかなって思って」
「部活の連中は、俺よりを望んでる節があるからいいんだって」
「えー、そんなことないって、わたし部員じゃないし」
「部員だって思ってるやつの方が多いよ」
いや、わたし部員じゃないからね。女子テニス部でもなかったし、マネージャーでもないし。確かに千石はわたしがテニス部を見に行かないと「なんかあったの? 南と喧嘩した?」とか聞いてきたけど。
でもそれはなんか違うよなあ。付き合ってるからって毎日行くのはいかがなものか、と南と真剣に話し合ったこともある。結局、ほぼ毎日見に行ってたけど。で、毎日行ったらなにもしないのは悪いので、マネージャーの子を少し手伝っていただけだ。
「部長」
「え?」
「高校でも部長だったね」
「あー、そうだな」
千石が他の高校からのテニス推薦蹴って山吹に残ったことを、南は知ってるのかな。そう思って、千石に聞いたことがある。すると千石は笑って「南は、他に行けって言ったんだよ」と言った。「千石なら、他でもやってけるだろって。俺さ、それ聞いて、ああやっぱもっかい南と部活しよって思ったんだよね」
「結局、テニスだらけの毎日だったな」
「まあ、それが南らしいんじゃない。南がバイトとか想像できないし」
「いや、俺も大学入ったらバイトくらい…」
「なにすんの?」
「コンビニとか?」
「なんだよ、俺がバイトしちゃいけないのか?」と少し不機嫌そうになった。だって、南がバイトって。しかもコンビニって。ストライプの制服を着て、にこにこと笑って接客するのかしら。そう思うと、人は変わってしまうものだなあ、と思う。
「そりゃあ、南も、バイトを始めるんだよねえ」
無くなることを恐れている。失うことを恐れている。その感覚だけで泣いてしまう。
現実になくなってしまえば、意外と涙は出ない。それはわたしが捻くれているのかなあ。
なくなってしまえば、それはそれで一興なのかもね。
「みんな、変わっちゃうなあ」
風がわたしを笑う。はは、と乾いたわたしの笑い声。自嘲気味になってしまってよくないなあ。
頬を掠めて上空に登るそれは、ひどく冷たく、わたしの目を覚ます。
「こんな日が、ずっとずっと続けばいいのになあ」
永遠に続く感情なんてない。わかっているからこそ、これが永遠に続くことを願っている。
永遠に続く時間なんてない。だからこそ、永遠にこのままでいることを願っている。
それを、愚かだと君は笑いますか?
「、」
南がわたしの名前を呼んで、またしても二人の間を風が走る。早咲きの桜が踊る。空は晴天、曇りなし。向こうから千石と女子が騒ぐ声が聞こえる。校舎から走ってくるのは檀くんだ。白い制服。仰げばいつだって偉大だった世界。こんないい日が、ずっとずっと続けばなあ。
わたしだって、変わるよ。南が一緒ならば、怖くない。
制服姿の南を思って泣くのは、きっと昨日が最後。だけど、泣くのはこれからも続くだろうね。
きっとさ、南とわたし、離れることはできないよ。
だってね、南が思ってる以上に、わたし南のこと好きみたい。
最後だって笑って、泣いて。
さあ、大きく手を振りましょう。
/南ってやっぱりいいよね。千石の推薦のくだりは、わたしの願望。/27「最後の夜」