「南、彼女できたってね」
 そんなこと、今更。わたしは英語の予習を続ける。今日は訳が当たる。英語は得意で、好き。
「知ってたの?」
「多分、千石よりも先にね」
「なんで」
「なんでって、南の彼女とわたし、すっごい仲悪いのね」





 そう言うと、千石は怪訝そうな顔をした。南の彼女はうちの学年でも5本の指に入るくらいの可愛い子で、
人を嫌うようなタイプではないのだ。客観的に見れば、外見ではわたしの方が評判は悪いくらいかもしれない。
わたしは基本的に人に愛想を振り撒くのは苦手だし、最低限の関り以外は大切にしない。
 (クラスの打ち上げだってよほどのことがない限りいかないし、部活には参加してないし)





「・・・へえ、なんで」
「よくわからないけど。んで、その彼女がわたしに向かって「わたし、南くんと付き合うから」、って」
「うわあ、女の子って怖いね。ていうかあの子ってそんなタイプなんだ」
「うん、別にその子はわたしが南を好きってことは知らないんだろうけどね、南とわたしは友達だから」





 わたしと南は友達だ。それ以上でも以下でもない。悔しいくらいに、笑えるくらいに、それ以上でも以下でも。
 わたしが南のことを好きだなんて、千石くらいしか知らない。南だって知らない。
 それなのに、南がわたしのことを気にして彼女を作らないなんて馬鹿げてる。それを期待することも。





 女の子の心理ってのは、とてもむつかしい。
 きっと、あの子にとっては、わたしと南が一緒にいるってだけでも、ストレスになるんだろう。
 きっと南も、あの子が不満に思うことはしたくないはず。だけど、南からはわたしを断ち切れないはずだ。
 だって、南は甘いから、わたしを突き放すことは出来ない。
 ほんとに、甘い。






 最低限の関りというのは、わたしは軽軽しく友達になるのが苦手だからだ。心を許せる人は、そんなに多くは
いらない。なにかを相談したり、相談されたりするのは、ほんの一握りでいい。そういうことができない人をまで
わたしは器用に付き合えない。






 南はわたしにとってそういう、ほんの一握りの人だった。
 南から恋の相談をされた時、わたしは真摯に受け止めて、わたしなりのアドバイスをした。
 わたしはその日の夜、少し泣いた。





 南の彼女は、とても可愛い人だった。綺麗というよりも可愛い。笑った顔がこれまた。
 卑怯だ、と思った。あんな顔で、好き、なんて言われたら、南も好きになるに決まってるじゃないか。
 答えがもう見つかってる南になにかアドバイスをすることは、とてもむつかしいことだった。





 ためらうなら、忘れられればいいのに。いっそのこと、心から、わたしから、すべてから、消えてくれれば。
 (そうもいかないから、わたしはこうも苦しいんだ)
 (わかってるけど、苦しさや辛さや切なさからは逃げ出したいよ)


 それでも、出会ってしまったのだ。悲しみと。








 不器用なわたし。可愛い彼女。優しい南。慰めるように話し掛ける千石。
 全てわたしの世界の事実だった。今のわたしを取り巻くもの。
 逃げたって仕方ないじゃない。前を見ろ。今を生きている。わたしが失恋しようがなにしようが、わたしは、
南は生きていくんだから。
 頭では理解できるけど、そうも上手くいかない。もともと、順応性がないんだから。






 不器用に恋をしていた。どうやって好きでいればいいのかも、よくわかっていなかった。
 不器用に恋をしていた。失恋した時も、どうすればいいのかよくわからなかった。
 不器用に、恋を終わらせた。そういうことにした。






 切った前髪が伸びようと、目の前のメロンパンを食べようと、わたしの南への感情はなにひとつ変わらないの
だとわかっている。わかっているのに、わたしは変化を求めて、それによって南への思いを吹っ切りたいと思っ
ている。我ながら、愚かで困る。




「南が誰と付き合おうと、が南を好きなことに変わりはないんでしょ?」
 千石の言葉を、軽くいなすように笑ってみせる。大丈夫、という意味でもあった。千石は、「強がり」と顔を
しかめた。そんなの、仕方ないじゃない。



 シャーペンをノートの上で走らせる。なんにも頭に入ってないことは、わたしが一番よく知っていた。
 そう、わたしが一番よく知っていた。ただそれだけのこと。
 だから、この頭の鈍い痛みも、仕方のないことなのだ。わかっちゃいるけど、胸が苦しい。







/南は久し振りで、書いてるこっちが苦しくなる。/No.1「悲しみよこんにちは」