夏季スポーツ大会と銘打ったクラス対抗球技大会も終盤。
 わたしは女子のバスケに参加した。2回戦まではなんとか勝ったけど、その後はなかなか強い相手で、あっさりと負けてしまった。善戦、というには程遠いスコアの差で。
 みんなはまだクラスで唯一負けていなくて試合の残っている男子サッカー連中の応援に行く、と決めて校庭へ向かった。わたしはと言えば「ちょっと休んでから行くね」と言って人が来ない体育館の裏で休むことにした。日陰でそれなりに涼しい。







 南は、とても優しい。
 浮気なんかする人でもないし、嘘をつけるほど器用でもないし。すごくすごく優しくて、わたしと付き合っててこの人は本当に幸せなんだろうかと考えることすらもある。というか、わたしの悩みは最近ずっとソレだ。

 (だって、わたしはひとつも返せてないから)

 迷惑ばっかりかけてるし、鈍感だし。何事に対しても今まで執着したことがなかったから、ヒトとどうやったら上手く関われるのかがよくわからないまま、気付いたらもうこんな年で。家族と同等、時によればそれ以上に思える存在ができた。そして、その人は素晴らしく優しいという。

 自分の欠点をどうしようかなんて、南に出会うまで思い悩んだことはなかった。けれど、わかった。好きな人と向き合うと、自分の欠点が浮き彫りになる。まるで突然スポットライトを浴びたみたいだ。そして、自己嫌悪に陥る。なんて単純な自分、とまたしてもうんざりする。





「どうしたの、ちゃん」
「あ、千石くん。サッカーは?」
「いや、補欠になってサボってきちゃった……ていうか足、どうかした?」

 あ、バレちゃった。保健室で貰った氷のうは、わたしの右足首に置かれている。あーどうしよ、と思って少し微笑んでみたら、「笑い事じゃないでしょ」と顔をしかめられた。

「いやいや、大したことないの」
「……バスケの試合で?」
「まあ、そんなところ」
「南、知ってんの?」

 え? と聞き返すと、千石くんは更に怖い顔をした。「南、それ知ってるの? ちゃんが怪我したって」あー、とか、うーん、とか曖昧に濁していると「だめだよ、ちゃんと言わないと」と諭されてしまった。まるで、小さな子みたいだ。保育園の先生に怒られてるみたいな。千石くんも、保育園の先生みたいに、どうしてこの子はこんなことしちゃったのかしら? って顔をしている。

「……だって、男子は勝ち進んでるみたいで、気を削ぎたくなくて」
「そういうことじゃないじゃん。南だって彼女がこんなところで足が痛くて泣いてるっていうのに、サッカーなんかしてる場合じゃないでしょ。ていうかまさか、この怪我のこと誰にも言ってないんじゃないだろうね」
「泣いてないし。保健室の先生には説明したけど」
「……変わったよね、ちゃん」

 前は、こういう行事も全然力入れてやらないタイプだったのに。そう言って、千石くんは肩に掛けてあったタオルをわたしに手渡した。んん? と思うと、すっかりもう「笑顔の千石くん」に代わっていた。

「はい、これ」
「え?」
「南から俺が借りたタオル。俺はまだ使ってないから、使っていいよ。で、返す時に説明しなね、怪我のことも」

 ちゃんが思ってる以上に、南はちゃんのこと気にしてるよ。




 借りたタオルに顔を埋めて、匂いもしない匂いを探す。見つかりっこないはずなのに、そこには確かに南の感覚がある。そこに、まるで南がいたかのような切なさ。不思議なことに、わたしは泣きたくなった。そこに流れるような優しさも、深い愛しさも、全てが存在している。けれど、南はここにはいない。どこぞやで誰かと楽しく談話をしているのかしら、と勝手に思い込んで、また勝手に泣きたくなる。身勝手極まりないと自分を叱責するけど、恋は身勝手なものなのだ、と決め込んで自分を正当化する。


 千石くんは優しい。そして、南も。今は姿が見えなくても、南の優しさが痛いほど伝わる。
 それに比べて、わたしはヒトと関わるのが下手だ。どうすれば感情が上手く伝わるのかわからないし、気を使うって事がどういうことかもよく分かっていないし。そんなわたしのまわりに、こんなにも優しい人たちが集まっている。申し訳ないなあと思うと同時に、感謝の気持ちを持つのも当然で。そうすると、今まで興味のなかった学校行事やらに関わらなければいけないのだとわかるようになった。すべてのきっかけは、南なのだと思った。それがまた、少し情けない気もする。そして、また、泣きたくなる。声を出して、わんわんと喚きたい気もする。


 他人と混じることなんかできやしない。自分はあくまで自分という一人の確立(孤立とも言うのかな)した人間というイキモノで、それは恋をしたからと言って相手の気持ちやら行動やらが全てコントロールできるわけではない。しかし、それを希望している。そんなことがありっこないとわかっているのにも関わらず、わたしの都合のいい時にだけ感情が伝わればいいなんて思ってしまう。例えば、今とか。

 南が宇宙人で、わたしが今寂しがってることに気付いて、それでここに登場したら、なんて素晴らしいヒーローなんだと褒め称えたい。けれど、そんなことあるはずがないと自分でもわかっている。だからなおさら、ドラマを望むのだ。

 氷が、だんだんと足の痛みと引き換えに冷たさの痛みをつれてくる。もうすぐ夏だ。日差しが段々と変わり、蒸し暑い夏が来る。南はテニスの引退試合を控えていて、スポーツ大会が終わったら本格的に部活の練習がキツくなる、とどこか嬉しそうに笑っていた。わたしはその話を聞いて、泣きたくなった。南の話を聞いていると、わたしはなぜかいつも泣きたくなるよ。自分の嫌な所ばかりが見えてくるよ。なにもない自分に気が付くよ。
 きっと頑張っている南を見たら、わたしは泣きたくなるんだ。眩しすぎて、直視できないんだ。


 足が痛い、胸が痛いと叫んでたら、南はここに来てわたしの頭を撫でてくれるのかな。そして、とわたしの名前を耳元で呼んでくれるのかな。そして、横でずっと座っていてくれるのかな。きっとそうなんだろうな、と思う。自惚れではない。南は優しいのだ。

 わたしだけのヒーローでいてくれたらそれに越したことはないのだけれど、そんなことはないから日常なのだ。
 そしてわたしは、そんな日常を生きている。強くなりたいと、今までにない程願った。




/なんか久しぶりに書いたから、よくわからなくなっている。/06「強い人」