目覚めた後覚えていることは、なんでこんなにもあやふやなんだろう。曖昧で、それでもくっきり覚えていることは確かに存在する。というよりも、覚えていることのインパクトが強すぎて、それ以外のことにピントが合わないのだ。それに加えて、現実は夢よりも明確だから、夢の世界にはいつまでも浸っていられない。わたしは現実で生きているのだから、それは仕方のないことなのかもしれないけど、夢の中の出来事を思い出したいと切に願う自分がいる。
爆睡じゃん、と千石がけらけら笑う。うるさい、ていうか千石にだけは言われたくない。そう言って頭を掻く。髪の毛、もしかしてぼさぼさなんじゃないの、と鏡を取り出す。別にいつもと変わらないよ、と千石が言うのを嫌味なのかどうなのか真意が汲み取れないまま、くしで梳かした。うん、これでよし。鏡で髪の毛が変なところではねてないか確認。あー、縮毛矯正かけたいな、なんて思っているわたしの髪の毛。
「どんな夢だったの」
「どんなって。覚えてないけど」
「寝言、言ってたよ」
「嘘!」
「ほんと。小さな声だったけど」
みなみ、って呼んでたよ。
千石は真剣な顔でそういって、その後に声に出さずに笑った。
放課後、南に「どうした?」と声を掛けられるまで、わたしはずっとうわの空だった。ぼうっとした感覚が頭を包み、それだけで頭が大きくなってしまったみたいだった。頭が鈍く痛い。寝不足かな、なんて授業中ぐっすりと寝たことをわかっているくせに笑ってみる。
「授業中寝てただろ」
「あ、ばれてた?」
「目の前であそこまでぐっすり寝られたらわかるって」
目の前って言っても、わたしと南の席は席三つ分離れている。ちなみに千石とは席が隣なので、うるさいったらありゃしない。しかも大概話し掛けてくるのは千石なのに、怒られるのはいつもわたしだ。あいつは世渡りが上手いから、なおさらムカつく。なのに嫌いにはなれないんだよなあ。いや、今はそういうことじゃなくて、そんな遠目でもわかるほどに寝てたのかな、まあわたしが大概寝るときは突っ伏して寝てるからわかるのも当たり前か。「先生も呆れてたぞ」と南も呆れてたみたいな口調で話した。
「えと、それで」
「ん?」
「あ、……わたし、寝言言ってた?」
「いや、俺は聞いてないけど」
千石が言っていたことが本当ならば。
わたしが見ていた夢はやっぱりそうだ。南の夢だ。断片だけの記憶。それを繋ぎ合わせて思い出す。
「夢見たの」
わたしは歩いていた。廊下。誰もいない。夏だけど風通りが良くて涼しい。無音。ふと顔をあげれば、目の前に歩いている二人の男女。目を凝らして見ると、そこには南とわたしがいる。二人肩を並べて歩いている。待って、と声を掛けようとしても、喉から声が出てこない。「みなみ、」と言っても、その声は決して南に届かない。歩いても走っても、決して追いつくことはない。そこにいるのに、届かない。
「夢だって、夢なんだってわかってるけど」
あの後ろ姿はわたしだった。しかしそれを見ているのもわたしだった。
どっちが本物か、どっちが現実か、それとも両方夢なのか、幻なのか。手には掴めないものなのか。
「……南」
「…?」
「行っちゃ、やだ」
南の隣にいた優越感も、南の後ろ姿を見た疎外感も、確かにここに残っているのだ。心に残っているのだ。だけれど、隣にいた南の顔が笑っていたのか、それがわからない。そこだけ思い出せない。そこが大切で忘れちゃいけないことだった気もするのに。南はわたしといて楽しい? わたしはなんだか幸せ過ぎて、泣きたくなってくるんだよ。
「南、わたし南のこと好きかもしれない」
なんで涙が溢れるんだ。おかしい、あれは夢なのに。今掴んだシャツは、確かに南のものなのに。隣にいるのに。確かに南はここにいて、わたしのことで戸惑っている。夢の中、後ろ姿だけを見ていたわけではない。だって夢の中でさえも、隣に南がいたはずなのだ。それなのに、この虚無感はなんなんだろう。現実にここに南がいるのに、泣いているわたしはいったいなんなんだろう。幸せで泣けてくるはずなのに、なんでこんなにも心が寒々としているんだろう。
今まで実感していなかったけど、これは、多分。
現実は残酷である。けれど、夢もまたそれ相応に残酷である。
叶わないとわかりきっている夢を見てしまう自分。現実では、わたしの髪の毛は思うようにまっすぐにはならなくて、千石の巻き添えで先生に叱られて、宿題はありあまるほどあって、雨は降るし、紫外線も気にする年頃だし、世の中では武器その他が出回っていて、生きていくのさえ困難な状況もある。それらがすべてなくなる世の中なんて、有り得る? 人が生きていれば外見を気にするし、人と関わって生きるし、その間で争いも起こるよ。
だから、人は夢を見るのかな。叶わないのに夢を見るのかな。
(夢の中で言えなかったことを、今言う。現実で言う。伝わればいい。もうあんな夢を見ないように、現実でちゃんと伝えておかなければならない。きっと心の根底にずっとうごめいていた感情を、今、南に。現実で)
驚く南の姿。いっそのこと、これさえも夢であれば。幻であれば。この胸の痛みも夢の中だけであれば。そう願えども、わたしが生きている世界はやっぱり現実で、わたしはひとりしかいなくて、もちろん南もひとりしかいなくて、わたしはたったひとりの南に恋をしていて、それゆえに胸が軋んで痛くて。たとえハッピーエンドでなくても、これがわたしの生きる現実なのです。叶わない夢なんて、やっぱり嫌だ。叶えようとしない自分はもっと嫌だ。人間は叶わない夢なんて見ないよ。叶えようとしない夢なんてみないよ。そんなのただの空想だ。
夢は残酷だけど、でももっと残酷なのは夢だけでなく現実すらも諦めてる自分だ。
そして胸の中では、ヒューズの切れる音。
/すっげー難しい話に挑戦していしまった。わかりづらいことこの上ない。/02「ある夢の終わりに」