いつかは来る日が今日来たというだけなのに、わたしは心の準備ができていなかった。
 というか、心の準備なんかするつもりもなかったのかもしれない。









「・・・静かだね」
「おう」





 わたしとルフィは砂浜を歩いていた。昼間もそこまで慌ただしいわけでもないけど、夜はより一層、この村が
小さく狭いものなのだと実感させられる。砂浜は、水を含んで、わたしが歩くたびに凹み、わたしが離れるたびに
膨らんだ。小さな頃は、不思議、とルフィと駈けずりまわったものだけど、もう今はしない。




 小さな頃から、わたしとルフィは仲が良かった。本当に小さな頃から。物心付く前から。だから、お互いに
お互いのことが見えすぎていた。ルフィの考えていることは大概わかったし、ルフィのことを1番知っているのは
わたしだという自信もあった。




 ねえ、手繋ご、というとルフィはいつもなら嫌そうな顔をするのに、今日は、ん、と言って差し伸べた手を握って
くれた。少し汗ばんだ手は、お互い様だ、と思った。久し振りだな、とルフィの手の感触を確かめた。前よりも
ごつごつとした手。わたしはルフィの手が大好きだ。





 ここは静かすぎて良くない。だから、わたしの心臓がうるさいのも、いつかルフィに聞こえてしまう。ルフィに
気付かれてしまう。わたしが洟をすするのも、声にならない声が出ているのも。波は静かだ。わたしとルフィが
砂浜を歩く、靴と砂がじゃり、と擦れる音が、規則正しく2人の間に流れる。





 ルフィの夢と、この村が不釣合いなことも、わたしが1番よくわかっていた。ルフィがよく海を見ていることも
知っていたし、ことあるごとに船に乗り込んでいることも知っていた。だから、わかっていた。
 だから、ルフィはこの村を出て行く。わかりきった答えだった。





「俺は、明日行く」





 知っていた。いつかはルフィがここからいなくなること。その時、わたしにできることはただひとつだということ。
だけど、今のわたしにそれは到底出来そうにもない。きっとこの瞬間を、わたしは一生心残りにするだろう。




 ルフィは約束をしなかった。
 それはわたしの心がルフィから離れられなくなってしまうから。帰ってくる、なんて保障のない約束を彼はできないから。だから、ルフィは約束をしないで、ここから明日去っていく。






 いくら心の準備をしようとしたって、心がそれを否定していた。したくないことは拒絶する。わたしの中で自然な
流れ。理解できても、納得できないことはあるものだ。
 だって昨日より今日、今日より明日、わたしはもっとルフィのことを思っているのだ。







「なあ、俺、のこと好きだ」





 だから、今更そんなこと言わないで。約束も出来ないのに、明後日から会えないのに、そんなこと言わないで。
 だけどわたしの口からは、「わたしも」と溢れるのだ。だって、好きという気持ちが心から溢れているんだから。
 鼻と心の奥がつーんとして、目からは涙が流れた。どうしようもなく知りすぎているのに、どうしようもなく好きだ。




 好きっていうなら、約束をして。
 いつか、ここに戻ってきて、もう一度手を繋いでよ。





/ルフィは好きだ。/35「いつか」