栄口が、また女の子を振ったらしい。












「付き合えばいいのに」
「・・・なんでまた知ってんの?」
 栄口は少し困ったように笑いながら、単語帳を開いた(次の時間は英語で、単語テストがあるからだ)。シャー
ペンをかちかちやりながら、ばか、とわたしは心の中で呟いた。







「噂は広まるのが早いんですー」
「にしても、っていつも知ってて、びっくりする」
「・・・そう?」
「うん、なんかいつもじゃない?」



 なんか、わたしストーカーみたいじゃん、と呟くと、「そういう意味じゃなくて、なんか噂とか好きじゃないタイプ
かと思ってたから」とフォローだかなんだかよくわからない言葉が返ってきた。とりあえずどうも、と答えたけど、
実際なにが「どうも」なのだかよくわからない。



 栄口は、優しい。
 基本的にどの女の子にも優しい。斜め前の席のなっちゃんにも、隣のクラスの梅崎さんにも、2年生の中ノ森
先輩にも、隣の席のわたしにも。
 そのくせ、栄口はその優しさに女の子がときめくことを知らない。気付いてない。なんてやっかいなんだ。






 窓から風が吹き込んで、栄口の髪が揺れる。ああ、好きだ、と思った。
 わたしが最初、栄口のことを知ったのは、その髪の毛からだった。触れたい、という衝動に駆られた。まるで、
電流が体全部に駆け巡るような感覚。一種の運命を感じてしまうような、そんなもの。
 そんな感情は、初めてだった。






 優しいひと。そのくせ、残酷な人。
 優しくするのが上手い。期待を持たせるのも、上手い。ただ、その感情は不特定多数だから、残酷なんだ。
 わたしは、ずるいな、といつも思う。








「栄口は、なんていうか、面倒見がいいよね」
「ああ、うん、なんていうか、いつの間にかって感じ」
「・・・わたし、栄口みたいになりたかったな」






 ぽつりと口から出てきた言葉。わたしも、栄口になりたかった。
 (あれほど人に優しく出来たら、わたしも栄口に好きになったもらえたのかな)
 (そうしたら、わたしは栄口よりもずるい人間になるんだろうな)
 それでも、でも。







 単語勉強しなきゃね、と話をずらした。あまり、追求されたくなかったから。
 栄口も空気を読める人だから、それ以上突っ込んでこなかった。それを、少し寂しいと思うわたしは、やっぱり
わがままで。
 栄口に追い求められてもらえるような、そんな人間になれるのかな。形振り構わず、わたしだけを見てくれない
かな。いつかのわたしのあの衝動を、栄口も感じないかなあ。





 優しすぎる栄口の空気にわたしは入り込めなくて、なんだか呼吸するのに緊張してしまった。
 ああだめだ、わたしはきっと、栄口を好きになりすぎている。







/栄口が隣の席に座ってたら、息なんてできない。