「どうしていっつもこうなんだろう」


 「もう疲れた」と言って勇人のベッドに寝転ぶと、「今度はなんだって?」と言って勇人は勉強机のイスをくるりとわたしの方に向けた。ちょっと笑ってるのは、この人には日常のことで、別に嫌味などではないからスルーする。ていうか勇人の部屋は相変わらず整理整頓されている。あれ、だけど以前よりは本の並べ方とかちょっと乱雑かな、と思っていると「部屋掃除するのも、なかなか億劫で、全部そのまま」と笑った。ああ、練習キツいんだよね。ていうかわたしこんなずかずかと入り込んでいいのかなあ、と思ってベッドの上に座りなおす。いや、今更って雰囲気でもありますが、一応失恋話を聞いてもらう身でもあるし。


「メールとかしてくれないから、だって」
「筆不精だもんね、は」
「そうなの、ていうか、友達だった時はそんなこと気にしてなかったのに」


 メールの返信をするのが、とても億劫になる時期がある。だって、それなりにしなきゃいけないことあるし。それに毎日学校で会ってるわけだから、家に帰ってからわざわざ携帯でメールを打つほどの話題もないのだ。それには友達だった頃は許容してくれたのに、「彼氏」になってからは急に文句を言うようになった。だから、わたしもなるべく返信するようにしていたのに、それでも足りないと言うのだ。

「で、さっき、言われた。別れようって」

 別れは淡白だった。わたしも「うん」としか言わなかった。というか、言えなかったのだ。いろいろと口に出したい言葉はあったはずなのに、なにも言えなくて、口に出せなくて、喉に引っかかって。―――言えなかった。だけどそれさえも、彼は駄目だしをした。なんでなにも言わないんだ、お前だって前から別れたかったんじゃないのか、だから―――。もう、嫌になった。目の前にいる男を、わたしは一気に好きだとは思えなくなった。もういいよ、と声を掛けたくなった。


「わたしって、恋愛するには駄目な女なんだって」


 それが、言われて一番悔しかった。
 わたしは果たして彼のことが好きだったことがあるのか? と思うほどに悔しかった。こんなことを言う人に対して、わたしは逐一の行動を気にしていたのか。雑誌読んで私服やメイクのこと考えたり、休日は一緒に映画を観に行ったり。それこそ、キスだってした。その瞬間、確かにわたしは幸福だったはずなのに。


 恋愛に対して駄目な女って、結局なんの価値もないんじゃないか?
 一緒にいても、なにも感じないってことでしょ、それってそれって、―――それって、大丈夫なの? わたしはわたしなりに、好きだったはずなのに。こうなってみると、彼に対する好きという感情さえも嘘に思えてくる。

 わたしは結局、彼のことを恋愛感情で好きとは思っていなかったのかもしれない。
 そう思い込もうと思ってはいたけれど、実際はただそこそこに仲の良かった友達に告白なんかされて、舞い上がっていたのかもしれない。その場のノリで付き合ってしまったのかもしれない。仮定をいくらしたってあの頃には戻れないけど、でもそうなのかもしれない。こうしてわたしは、大切だった友人を失ったのだ。彼氏を失ったというよりも、友人を失ったという気持ちの方が強いから、やっぱりわたしは彼のことを好きではなかったのかもしれない。

 だけど、わたしにとって、あれは確かに好きという感情だったはずなのだ。なのに、わたしはそれさえも「駄目」だと言われた気がした。恋愛にわたしは向いていないのだと言う。わたしは恋愛が嫌いなわけじゃない。だけどいつでも連絡を取り合う恋人なんて、まどろっこしくないか? そう思うだけだ。常に連絡していなきゃいけないなんて、宗教でもあるまいし。恋愛は一種の宗教的なものなのか?




「俺、駄目なも好きだよ」
「なにそれ」
「俺も、なにそれって思うけど」


 俺、他の奴から駄目って言われてるのこと、好きだよ。



 なんで、わたしと勇人は恋人じゃないんだろうなあ。
 なんで、ここまで言ってくれる勇人と、わたしは付き合ってないんだろうなあ。

 だけど勇人とわたしが付き合ったらそれはそれで、わたしは「駄目な女」になるのかなあと思って、また少し泣きたくなって、わたしって一生恋愛できないんじゃないかと思った。目を瞑って、「眠い」と言って、涙が出るのをごまかした。いつからわたしは、勇人の前で泣くことをしなくなったんだろう? 前までは、泣きたいだけ泣いて、笑いたいだけ笑って、怒りたいだけ怒ってたのに。いろんな意味で遠慮なんかしてなかったのに。

 家に帰ってくるように、わたしは失恋した後必ず勇人の所へ帰ってくる。それが約束のようで、そうではない。だって二人とも、実際はこんなことを認めてはいないのだ。だって、ベストな状態は失恋なんかしない方がいいし、勇人だって練習で疲れて今すぐ眠りたい状態で、失恋した幼馴染みをわざわざ部屋に迎えて話を聞くなんてまどろっこしいことはしたくないはずなのだ。なのに、勇人はしてくれる。この瞬間を、なぜか大切だと思う。不謹慎かな、だけど勇人もそう思っているような気がする。根拠はないけど。

 宗教的に、妄信的に恋愛するのは、わたしには向いてないのかもしれない。
 だって、大切な存在がここにいるのだ。恋人でなくてもわたしのことを好きだと言ってくれる。
 ぼんやりとそんなことを考えながら、こうやって時は過ぎていく。



/栄口に幼馴染みの女の子がいたらいいなあというお話。/05「おかえり」