練習が終わった後。新譜をレンタルしたい、と言って栄口をレンタルCDショップに誘った。
 絶対疲れてるのに、付き合ってるくれるこいつって、ほんといいやつだよなあ、と思う。あれだよ、絶対阿部だったら「ハア? 一人で行けよ」で終了だよ。まあ、それが普通なんだろうけど、俺も学んできているから、もう阿部を誘うことはない。それはそれで阿部が可哀想だと思うから、たまに誘う。でも、結局返事はいつも一緒だ。俺って健気。
 そんなことを思いながら、レンタル屋に入ると、入った途端に栄口が「あ」と言った。
 え? と思って栄口の視線の方を向くと、そこには同じく「あ」と言ってる女の子がいた。

 え、俺、もしかして邪魔?






「なにしてんの、こんなとこで」
「いや、友達の家がたまたまこの辺で……勇人は部活帰り?」
「そう」


 そこまで会話を続けたところで、栄口はぽかんとしている俺に気がついて、慌てて説明した。
「あ、水谷、この人は、俺んちの隣に住んでる人。一応タメだよ」
「どうも、栄口勇人の隣に住んでる人です」
「あ、どうも」



 彼女は名前を名乗らないからなんて呼べばいいかわからない。一応名前を聞いてみると、「です」とゆっくり言った。声、可愛いな。外見はあんまり好みじゃないけど。俺、もうちょっと純朴な子の方が好き。この子はどこか、気だるい感じがする。



さん、でいい?」
「うん、いいよ。貴方は?」
「え?」
「お名前」
「あ、水谷文貴です」


 ふみき、と彼女は繰り返した。可愛い名前ですね、と付け足す。ええ、そんなこと言われたの初めてなんですけど。ていうかさんってそんなこと言うタイプに見えないのに。戸惑う俺の横にいる栄口を見ると、栄口は今まで見たことないような、ほんと心底呆れるって感じで笑ってた。


「え、栄口?」
「ごめんね、水谷。この人、ちょっとひねくれてるから」
「勇人みたいに優しさ突き通してる人に言われたくない」
「あのね、



「あ、俺新譜見てくるねー…」


 そう言ってこの場を抜け出そうとしたら、「あ、わたしも」と言ってさんがついてきた。ええ、これは予想外の展開。「じゃあ俺、ちょっと向こう見てくる」と言って栄口は栄口でどっか行っちゃうし、ええ、これ俺には対処できないって。こういう子、あんまり慣れてないからさあ!




「あのね、水谷くん」
「はい、なに?」
「……勇人、優しいじゃない?」
「え?」

 突然すぎる問いかけだ。ほんと、予想外のことに慣れてないんだって、俺。
 でも、それは本当だ、と思ったから、「うん、そう思う」と素直に答えた。すると、何故かさんはすごく悲しそうな顔をした。え? なんで? 俺のせい?



「優しすぎるの、全部わたしのせいなんだ」
「ずっと一緒にいたわたしがこんなにひねくれた性格だから、すっごくしっかりして、優しい人になっちゃった」
「たくさん辛いこともあるはずなのに、全部隠す人になっちゃった」


 そう一気に言って、さんは顔をうつむけた。
 声が、泣きそうだ。



「だから、……なんていうんだろ、勇人がどうしようもなくなったら、水谷くん助けてあげてください」
「…さんの方が、栄口のことよくわかってるんじゃないの?」


 俺がそう控え目に聞いてみると、さんは首を横に振って、「わたしには、もう、よくわかんないんだ。勇人、わたしにはもう、なにも話さないから」と悲しそうに目を伏せた。「わがままで、ごめん」と付け足して。


 なあ、栄口、俺、よくわかんねーし、空気も読めないってよく言われるけど、お前、すっげーいい子がすぐ近くにいるんじゃん。だから、栄口は優しくなれんだな。こんなに優しい子の隣にずっといたから。この子、自分が役立たずみたいな口調で話してるけど、全然そんなことない。すごく不器用なだけだ。


 そう思ったんだけど、俺は上手く言葉にできないから、「さんも、優しいよ」とだけ言った。
 向こうから、栄口が歩いてくる。
 さんは、もう泣きそうな顔もしてなくて、さっきの気だるいさんに戻ってた。






 次の日。
 俺は栄口に「あの子と付き合ってんの?」と聞くと、「付き合ってないよ」と笑った。
「なんで?」
「なんか、そういう雰囲気にならないまま、ここまで来ちゃったから」
「…ふーん」
、見てくれは無愛想だけど、本当は優しいから、人気はあるんだよ」


 おっかしーよな、どう考えても、栄口とさん、付き合ったら上手くいくよ。
 そう思ったけど、それ以上なんて言えばいいのかわからないから、昨日借りたCDの話に切り替えた。
 栄口は、今も、笑ってる。こいつのトモダチ、ずっとずっと続けようと思った。