千石清純。せんごくきよすみ。

 あれは確か同じクラスになってから、つまり3年生になってからちょっとのことだったと思うけど、わたしは「せんごくせいじゅん」と読んだ。そして、「せんごくせいじゅん」が「せんごくきよすみ」ということがわかって、そして段々と、「せんごくきよすみ」は全然「せいじゅん」でないことがわかった。

 そして、今も、やっぱり千石は千石なのだと思った。






「やらしーよ、チャン」
「うるさい」
「でも、堂々とドア開けちゃうところが、さすがって感じ。隠れませんよ、みたいな」


 まずびっくりした。心臓がほんとに飛び出るかと思った。
 それから、あーどうしよ、と思った。今さら扉を閉めてなにも見てませんよ、って顔したって絶対向こうは気まずくなるに決まってる。でも声かけるわけにいかないし。でも目合っちゃったし。千石に抱きついていた女の子に、軽く睨まれる。可愛い顔が台無しだよ、と思ったけど、その子は「じゃ、清純くんまたね」と言ってわたしの横をすり抜けていってしまった。キヨスミくん、だってさ。当のキヨスミくんはけらけら笑ってますよ。



「ていうか、絶対勘違いしてるけど、今の子別に彼女じゃないよ。オトモダチ」
「お友達と抱き合ったりするのは千石の勝手だけど、教室ではやめたほうがいいと思うよ」
「だーかーら、今のはあの子が勝手にしてきたんだってー」



 わたしは千石の言葉を軽く受け流して、自分の机に向かう。よりによって、千石と席が前後なのだ。最悪だ。ていうか、テスト期間に教科書を学校に忘れるわたしもわたしだけど、テスト期間に教室でいちゃつくのはどうかと思う。帰って勉強しながらいちゃつけばいいのに。千石とわたしの席は窓際で、千石はぼーっと窓の外を見ている。背中がやけに女の子らしいなあ、と思う。千石って、どこか中性的だ。


「ぶっちゃけね、今の子に告白されたけど、俺、断ったの」
「……断ったの?」
「うん、そしたら『お友達からお願いします』って言われちゃって。だからオトモダチ」
「てか、なんで断ったの? あの子めっちゃくちゃ可愛いし、千石のタイプじゃん」



 あの子が千石のことを好きだというのは学年中の噂だったし、本人も否定してなかったらしい。だから、多分千石も気付いてたはず。しかも、可愛い。嫌みがなく可愛い。だから、あの子から千石に抱きつくなんてことするとは、思ってもなかった。そういうタイプじゃないんだ。あの子こそ、清純って感じで。



「女の子は見た目によらないってことだね、うん」
「なにそれ、今までの彼女はどうやって選んでたのよ」
「えー、告白してきてくれたから、うーん、じゃ付き合おうっかーって」
「それ、見た目で判断してるじゃない」
「そうだけど、もうそれはしないよ」
「……なんで?」



 千石、は。
 本当は清純なのだと思う。とても心が清らかなのだと思う。だけど、その清らかさを世界が汚していったのだ。性善説を掲げあげるつもりはさらさらないのだけれど、きっと、この人はすごく優しい人だ。千石がせいじゅんでいるには、世界が汚れすぎていたのだ。

 だって、すごくこの人は、優しく笑うじゃないか。

 とても優しい。素直でまっすぐだ。だから、人に好かれる。人に好かれると、いろんな人が集まる。世の中には善人ばかりではないのだ。それでも、千石はいつもにこにこしていた。そうしたら、みんなは千石を求めて、千石のもとに集まる。その繰り返しだ。千石はいつまで笑っているんだろう? それを嫌になったりはしないのかな?

 そして、わたしは、その繰り返しの中では、生きたくないんだ。




「だってさあ、、俺のこと好きでしょ?」
 俺ものこと好きだから、断った。




 わかってんなら、聞くな、ばか。
 わたしもきっと、あんたの綺麗な心を汚してしまうよ。そんな人間になりたくないよ。
 でも…わたしはそんな人間なんだよ。わかるでしょう? わかってるのに、きみは優しいから。
 だから、こっちを向いて笑うな。




/久々に書くと、キャラとヒロインの距離感がまったく掴めない。/13「肩ごし」