「慎吾?あいつはどうだかなあ」
「げ、、慎吾さん好きなんだ、マジやめといた方がいいと思うけど」
「え、島崎先輩?うーん、あんまり良い噂は聞かないよね」








 どうにも良い噂は出てこない。
 野球部のキャッチャーもピッチャーも学園イチの情報通(吹奏楽部の田中さん)も、困った顔をした。
 そんなにも島崎先輩って悪い人なのか、どうなのか。




「利央はどう思う、その辺」
「どうもなにも、俺もやめといた方が無難だと思いますけど」
「無難って、そんな島崎先輩が災難持ちみたいな言い方やめてよね」
「(いやそれもあながち否定できないっつーかなんつーか)」





 利央をとっ捕まえて、事情聴取。うちのクラスの高瀬はどうにも当てにならないから聞いてみたけど、こっちも
あんまり頼りにはならない。といっても利央くんとわたしは大した仲じゃないけど!(たまにうちのクラスにくる
利央をからかってるだけだ)(まあ単なる後輩先輩のといった関係)




「ていうか、なんで先輩と慎吾さんが繋がるんスか」
「え、たまにあの先輩うちのクラスに来るんだよね、高瀬に用があるんだかないんだか知らないけど」
「(知らないって冷たいな)で、慎吾さんに惚れちゃったとか?」
「いやないそれはない。わたしどっちかっていうと爽やかな人がタイプ」
「・・・じゃあ、なんで慎吾さん?」



 複雑そうな顔。確かに、わたしだってその質問に答えられない。
「島崎先輩から、話し掛けてきたんだよ」
「はァ?!!」
「( で す よ ね !)」







 島崎慎吾先輩。
 桐青野球部のレギュラー。イマイチ詳しくないわたしでも、名前を聞いたことがあるくらい校内では有名だ。
 といっても、その噂はあんまり宜しい内容じゃない。

 年上の彼女の家から朝帰りで登校したという噂を聞いた次の日には、その彼女と修羅場の末に別れたという
話が流れてる。かと思ったら一週間後には他の女の子と付き合ってる、みたいな情報。そのくせ、島崎先輩の
ファンは後を絶たない。
 天性の女たらし、ってよく言われる。







「じゃあ、慎吾さんが先輩のこと気に入ったんだ」
「よくわからないけど。急にメアド聞かれた。これってからかわれてんの?なんかそういうの嫌」
「さあ・・・わかんないスけど」
「・・・とにかくさ、そういうわけで色んな人に情報をもらってるわけよ」




 でも、結局は噂と同じようなことしかわからなかったけど。








「まあ、俺は慎吾さんじゃないから、慎吾さんがどう思ってるのかなんてわかんねーけど」
「・・・なんか利央生意気な」
「最後まで聞いてくださいって!確かに慎吾さんは女にモテるけど、」




 けど?と聞き返すと、利央は意地の悪い笑顔を浮かべて、わたしを指差した。むっとしたけど、どうやらわたし
じゃなくて、わたしの後ろを指差してるらしい。振り向くと、そこには。
「し、まざき先輩・・・」
「先輩、俺が知ってる、お得な情報」
 利央は耳元でその情報を囁いてから、去っていった。











「・・・へえ、利央と知り合いなのか」
「え、なんか知り合いっていうか、単なる先輩後輩というか・・・」
「ふーん、で、なに、俺の情報集めてるってほんと?」
「(どうしてそれを!)」
「準太から聞いたっつーか、情報集めるなら、俺にバレないようにやるのが鉄則じゃねえの?」




 島崎先輩は、ゆらり、と視線をわたしの目に向けた。揺らがない、真っ直ぐな目線、息が苦しい。初めて話した
ときもそうだった。こっちがまるで追い詰められているような、そんな感じ。
「で、なにがわかった?」
「ええと、その」
「やっぱ、女たらしだって?」
「えーと、その、ですね・・・」
「・・・ま、いいけど」





 1歩、また1歩、と先輩がわたしに近付いてくる。え、ちょっと、タイム!と心の中で叫んでももう遅い。あっという
間に壁に追いやられてしまった。せんぱい、と声を出すと、先輩の肩が微かに震えた。
「俺のこと知りたいなら、俺に聞いてこいよ」
「せ、先輩・・・」
「なに?女たらしでだらしない男とは近付きたくもありませんって?」
「ち、違います」
「じゃあなに?」
「せ、先輩は、」





 先輩の目が微かに震えた。わたしの中は、島崎先輩でいっぱいだ。さっきの利央の言葉が頭に浮かぶ。
 自惚れてもいいですか、ていうか先輩はわたしのこと好きですか。わたしはまだ、先輩のこと、よくわからない
んですけど、それでもいいですか。なんで先輩に見つめられるとこんなにもどきどきするんですか、先輩はなんで
今、少しわたしから目線を外したんですか。



「先輩は、なんでわたしにメアドを聞いたんですか」



 聞きたいことは山程あるけど、先輩から次に出てくる一言を待ってからにしようか。それでもしかしたら全てが
解決するかもしれない。ただの先輩後輩じゃなくなるのかな、さあどうなのか。
 わたしは確かに、いまここで、島崎先輩を独り占めしているのだ。それだけで十分。








「慎吾さんって、今まで自分から女の人にメアド聞いたことなんかないんスよ」







 さあ、どうなのか。







/またしても尻切れ蜻蛉!