言葉を羅列して、それで理屈ばかりで振り回して。
 そんな人間に、わたしはなりたいとは思わない。







 一度気が付いてしまうと、それ以来気にし続けてしまうようになってしまうものだ。
 例えば、彼が眠い時には瞬きを多くしてどうにかして眠らないようにしていることとか。彼がテニスのことを考え
ている時には自然と手がラケットの感覚を追っているような動きをすることとか。彼がキスをするまえには、必ず
わたしの目の中にいる自分を確かめてから、、とわたしの名前を呼ぶこととか。




 一緒にいる時間が長ければ長いほど、そういうことが気になるようになるのも当たり前だとは思うけれど、わた
しと宍戸の場合はそういうことではない。一緒にいる時間が、希望よりもかなり短いから、こうやって宍戸の癖を
見つけて探して、覚えているからだ。少しの仕草だけでも、宍戸のことを思い出せるように、宍戸のことを理解す
るために。いない間でも、宍戸のことを思えるように。宍戸のことを好きだという気持ちだけでは、さみしくなって
しまうから。




 だからわたしはいつでも宍戸の癖を探す。見つけて、また宍戸を知れたとして、ほんの少しの安心を手に入れ
ると同時に、たった今だけの安堵なのだろうな、と思ってさみしくなる。結局、気休めに過ぎないのだ。けれど、
その気休めだけではどうしようもならない時があるのだ。心の中の宍戸だけじゃ、満足できないこともあるのだ。
そのどうしようもないことが限度にまでくると、本人に会っている時でさえも、そのやりきれなさが態度に表れて
しまうこともあるのだ。





 宍戸はわたしの醸し出す空気に気付いたのかどうか、怪訝そうな顔で「…どうした?」と訊いてきた。宍戸は
わからないことがあったらまず誰かに聞く。わたし限定でしかないのかもしれないけれど、自分で考えるまえに、
宍戸はわたしに訊いてくる。それが時に、無性に苛立つこともある、ということも、宍戸は気付いていない。





「別に、なにも」
「なにもじゃねえだろ、さっきからなんか怒ってんじゃねえのか」
「だから、怒ってないってば」




 大概、人間が「怒ってない」という時は怒っていることが多い。増してや「怒ってるんだろう」と尋ねられた後に
答えとしてでてくる「怒ってない」という返答なら尚更。


 だけれど、わたしのこの心を占拠する気持ちが果たして怒りなのかどうか、よくわかっていないのだ。このもや
もやは、単なる怒りだけではなくて、どこかやりきれなくて、どこか切なくて、どこか痛い。そんな感情がぐるぐると
螺旋を描くようにして、心の中で混じり合っている。さて、どうしたものなのか。どことは判別できないけれど、どこ
かがものすごく痛くなって、少し涙目になる。そんなわたしを見て、宍戸は見て取れるほどに動揺した。





「なんかあったのか」
「なんでもないの、ごめん」
「言ってみろよ、なんか力になるかもしれねえし」





 なぜわたしはこの人なのか、と考えたことは今までに数え切れないほどある。なぜ、宍戸でなければならなか
ったのか、そして宍戸はなぜわたしでなければならなかったのか。だけど、それらの疑問にふさわしい理屈を
見つけ出せたことはない。当たり前だ、答えがないのだから。



 なんで好きなのか。なんで一緒にいたいのか。なんで手を繋ぎたいのか。
 そんなこといくら考えたって答えは出てこない。出てくるはずがない。だって、そういうのって理論で説明できる
ものじゃない。わたしはそんな答えを求めていない。わたしが求めているのは、もっとシンプルなこと。




「ねえ、好きって言ってよ」




 そして、わたしの心をぐちゃぐちゃに掻き乱してよ。
 これが、好きという証を残してよ。






 宍戸は無言になった。なんだ、口に出してしまえばこの程度のことがわたしの頭に突っかかっていたのか、と
なんだか呆気なく感じてしまった。ああ、だけど宍戸が黙り込んでこっちを見ているということは、それほどのこと
だったのかな。だけど、口に出してしまったら、大して重要なことではなかったのかもしれない、と思えてきた。





「ごめん、変なこと言った」
「いや、別に変なことじゃねえと思うけど」
「ううん、なんか、そんなこと求めてどうすんのって感じ。気にしないで」




 そうだ、そうなのだ。宍戸にそんなことを求めてどうする。恋人にそんなことを求めてどうする。さみしさがいくら
胸をとりまこうとなんだろうと、こんなことを求めてはいけないのだ。求めすぎてはいけないのだ。それは相手に
だけではなく、自分すらも不幸にしてしまう時があるのだ。期待をしてしまえばしてしまうほどに、そうでなかった
時、辛く思うのだ。そんなこと、宍戸と付き合い始めてから幾度となく経験してきたのに。




 ごめん、ともう一度言って、宍戸の顔を見るために、笑顔を作ろうと俯くと、宍戸がぐっとわたしの腕を掴んで
引っ張った。うそ、なんで。なんでこのタイミングで。驚いた瞬間には、わたしの体は既に宍戸の腕の中だった。





「気にしねえなんて、できるわけねえだろ」
「ちょ、っと、ししど」





 宍戸がわたしにいちいち意見を訊いてくるのは、彼がわたしのことを大切に思っているなによりの証拠だ。
宍戸はよくみんなに空気が読めないだのなんだのと言われてきている。だから、わたしを傷つけるまえに、わた
しの意のままにしようと思っているのだ。そのために、わたしになにごとも尋ねてくる。それこそが、彼のなにより
の優しさなのに。こういう宍戸の癖に、わたしは気付いていたはずなのに。




 ぼそ、と宍戸はわたしの望みどおりのことを呟いた。それよりも、腕の中の温かさの方が、わたしの求めて
いたものに近かった気がする、なんて都合がいいだろうか。わたしはもしかして、こうやってぎゅっとしてもらえる
方が、嬉しいのかもしれない。だって、こんなにも気持ちがいい。さあ、宍戸がわたしの目の中の宍戸をじっと
見た。次の出来事に備えて、わたしは目を瞑る。後は大好きな宍戸が、、と名前を呼んで、わたしに唇を
落とすのを待つだけ。




 ああ、やっぱりわたしは、好きという言葉がほしかったわけでなく、好きという証がほしかったのだ。
 例えば、ここにいまある、温もりのような、そんなものが。





/宍戸って好きだけどなかなか書けない。/25「名前を呼んで」