「どうしてもだめか?」 「どうしてもだめ」 全く、いつまでこんなことを続けていればいいんだろう。 ついこの前までうんざりするほど雨が降り続いていたのに、今では嫌になるくらい太陽が眩しい。 部活に属していないわたしは、さっさと帰ることにした。家で再放送のドラマが見たい。昨日はヒロインがキスを してしまったところで話が終わっていた。いい加減くっついてしまえばいいのに。だらだらと恋人宣言をしないで、 曖昧な関係でいるのはイライラする。 校門を出たところで、見知った顔に遭遇する。げ、と明らかに嫌な顔をしたわたしに「相変わらずだな」と原因 が苦笑いする。この笑顔は、あんまり好きじゃないのに、わたしはこの人にそんな顔ばかりさせてる。 「・・・渋沢」 「あ、言っておくが、これは偶然だからな」 「わかってる。ていうかこんなの仕組んでたら縁切りよ」 「・・・これ以上に、か」 やっぱり、渋沢とわたしが出会うと、この話になってしまうんだな。最初からわかっていたことだけど、それは わたしにとって避けてしまいたいものだった。できることなら、大人になっても、見えない振りをしたいこと。 できるわけ、ないんだけど。 渋沢克朗。実家からわざわざ出て寮生活を選んで、サッカー推薦で入学して、1年でレギュラーとって、今では 東京代表、武蔵森のキャプテン。この年代ではトップレベルのサッカープレイヤー。 料理が得意で世話焼きで、どうしてってことまでやってのける。しかも辛いなんて言わないし弱音も吐かない。 中学生にしては、人間ができすぎてる。ちょっと怖いくらいに。 違う人間なのだと、知れば知るほど確認するだけだ。 「やっぱり、だめか」 「だめ」 「どうしても?」 「どうしても。ていうか、渋沢も、いい加減諦めた方がいいよ」 「諦めたら、そこで全てが終わるだろう」 「・・・終わりにしたいことも、あるんじゃないの」 渋沢に告白された。1週間前のことだ。わたしは断った。完璧な人間と付き合うことが、どれほどのことか予想 できたからだ。わたしみたいな人間には無理だと悟った。 恋愛は、サポートし合うものだと思う。それが甘い話だろうとなんだろうと、そうだと思う。弱い所や辛いことを 見せ合って励ましあって、それでお互いが高まればいい。渋沢とわたしじゃ、天秤の釣り合いがとれない。バラ ンスが崩れたら、渋沢が崩れる。日本を、国旗を背負うかもしれない、いや、多分背負う人間を、わたしが終わ りにしていいはずがない。 つまるところ、わたしには勇気がなかった。 「それは、人間なら少なからず、あるだろうな」 「・・・わたしにも、あるよ」 「だけど、俺は、のことを終わらせるつもりはない。まだ始まってもないのに」 「わたしの中では、渋沢は友達として始まってて、」 もう、終わらせたいよ。声からは出なかった。その意味する「終わり」は、わたしがとっくに逃しているものだか ら、言えなかった。 「・・・いい加減、素直にならないか」 「素直もなにも、わたしは素直よ」 「痛みから逃げることは、素直なのか」 「渋沢は、都合のいい解釈をしてるだけじゃないの?」 「は、都合のいい解釈をしていないのか?」 「・・・してないよ」 「どうだろうな」 「だから、渋沢になにがわかるっていうのよ」 「俺がを好きだということかな」 渋沢の目線と、わたしの目線がぶつかる。(あ、だめ)思ったときはもう遅い。捕まる。ずっと逃げていたのに。 これを恐れていたのに。思わず目を瞑る。黒の世界。そこは穏やかなようでざわつく。 「・・・好きなんだ」 わたしもよ、と言いたかった。ずっとずっとまえから、渋沢が好きだったの。言ってしまえば、もっと楽になれる のかと思ったけど、わたしにはそれが言えなかった。 渋沢は驚くほどに完璧で、わたしが支えて上げられるようなところはなにもなかった。わたしだけが、みじめに なるだけだ。わたしに弱音を吐くなんて、想像も出来ない。きっと無理して笑うに決まってる。渋沢は自分自身の 力だけで立てる。立ってきた。立っていくだろう。その傍らに、わたしはあまりに不釣合いだ。 勇気がない。一緒にいる勇気。支える勇気。支えられる勇気。好きだけでは付き合えない。面倒な感情を 持ち合わせているものだ。好きならそれでいいじゃん、と言える後輩が羨ましかった。おまえは素直じゃねえん だ、という同学年の言葉に、頷ける。それでも、好きな人からの愛の言葉には、頷けなかった。 好きだ、という渋沢に、頷いてしまいたかった。 曖昧で、宙ぶらりで、もどかしいのは、わたしと渋沢だ。 /結局、お互いを失いたくないだけ。ただそれだけ。 |