「恋は、難しいな」
 思わず吹き出した。







「・・・なにを笑ってるんだ、三上」
「いや、あんまりそういうこと言わない方がいいぜ」
「自覚してる」
「そうかい」
「だから、おまえにしかこんなことは話さないし、話せないんだから、ちょっとくらいいいだろ」




 余計性質悪いっつーの。心の中だけで毒づく。読んでいた本を閉じて、溜息を吐くルームメイトを一瞥する。
こいつに溜息吐かすのは、人参嫌いの後輩と、もうひとりくらいしかしらない。そのもうひとりが、渋沢の現在の
頭の7割を占めているんだろう。罪な女だ。






「どうにもうまくいかないな」
「そりゃあな」
「・・・三上は、もうちょっと気の利いたこととか、言えないのか?」
「いや、守護神サマが悩んでるのを見ているのも、それなりに面白いからな」
「人事だな」
「人事だよ」





 渋沢が机に突っ伏す。こんな姿も、そうそう拝めるものじゃない。珍しいものを、本当に最近は見せてくれる。
まあ、渋沢があいつを好きになったのは、最近のことじゃないんだろうけど。




「・・・好きなんだ」
「知ってる」
「ちゃんと伝えた。でも断られた。そして露骨に避けられてる。そんな時は、どうすればいい?」
「諦めれば」
にもそう言われた。でも、そんなことができるなら、最初から告白なんかしない」
「じゃあ、好きでい続けるしかねえだろ」
「辛いな」
「そういうものだろ」
「そうだな」




 からも、言われていた。好きだけど、付き合えない。勇気がない。確かに、俺だって日本代表と付き合う
なんて、気が重い。好きな相手がたまたまそうだったとしても、簡単に付き合えない。
 でもそれは、が本気で渋沢を好きだからだ。中途半端には付き合えない。それをはよく知っている。
だから、断った。それが、いまいち渋沢に伝わっているのかどうか。きっとのことだ、好きとは言っていない
だろう。





「・・・も、俺のことを嫌ってはいないと思うんだがな」
「自信もほどほどにしとけよ」
「自信じゃない。確信だ」
「・・・大層なことで」
「藤代からも、笠井からも聞いた」
「は?」
「大方、おまえだって相談を受けているんだろう?は、俺を信用しないのに、三上はすぐ信用する」
「・・・あのな」
「好きなのにな・・・余計なこと考えないで、ただ俺を好きだと言ってくれればいいのに」





 余計なこと考える原因は、おまえのそのソツのなさにもあるんだよ。気付いているのかいないのか。コーヒーを
飲む。苦さが口に広がる。こいつは鈍いんだか鋭いんだか。信用されていないのじゃない、信用しているから
近付かないだけだ。こいつは一人でも立てる。それを信用されている。というか、過信されすぎている。だから
近付くのを怖がってるというものあるだろう。いっしょにいたら、苦しいことがわかっているからだ。好きなほど
苦しい。そういうものだ。





「まあ、待つことも大切ってことなんじゃねえの」
「・・・本当は、向こうが待ってるんじゃないかとも思うんだ」
「は?」
「俺が弱音を吐くのを待ってるんじゃないかと思う。だけど、そんなみっともないことできるか?ましてや、に」
「へえ、守護神も、好きな女に弱い所は見られたくないんだな」
「当たり前だろう。・・・だから俺は弱音を吐きたくない。だけど、それをが待ってるとしたら、俺はどうすれば
いいんだ?」
「・・・を信用すればいいんじゃねえの?はそんなに弱くねえよ、ちゃんと支えてくれるだろ。じゃないと、
付き合う意味もなにもねえだろ」






 護るのか護られるのか。護られ方がわからないってのも、難儀なものだ。
 なんでも器用にこなして、一緒にいるこっちが嫌になるっていうのに、恋愛になるとこんなにも弱いのか。なん
だか笑える。口に広がる苦さ。それに似たものを、こいつはもっと味わった方がいい。そうしないと、こいつだけ
じゃなくて、まわりにいる人間もなかなか辛いものがある。それを実感すればいい。
 まったく、も強い女だ。渋沢が「待っている」と形容したのも、不正解じゃないだろう。
 渋沢が、もう少しわかるまで、待っている。それまでなびかない。強い女だと思った。







/続きみたいな。渋沢は黒と白が混ざった人間だといいよ。