星が回る。全てが回る。
 そういう風に、世の中はできている。








 女の子なら月に一度は来るものが、わたしには何故か雨の日に多い気がする。多分、それは気のせいなんだ
ろうけど、下腹部の重みがと、体全体にまとわりつく湿気で、わたしの気分は最悪になる。痛いんだか重いんだ
かだるいんだかわからないけれど、とにかく辛い。


 特に、今回はひどかった。もう途中で帰ろう、と朝起きた時から決めていた。本当は登校したくもなかったの
だけれど、一時間目はどうしても外せない数学の小テスト。なんとか受けたけど結果なんか思い出したくもない。


 武蔵森は、寮もある。だけど、自宅通学生も多かったりする。もともと、寮は呼び寄せられたサッカー部のため
のもので、一般入試の人はほとんど自宅からだ。わたしもそのひとり。電車乗って大丈夫かな・・・なんて思う
けど、学校にいる方が辛い。保健室で寝ていたら、帰りたくなくなるのは目に見えている。だったら今、無理を
してでも帰った方がいい。



 地元の駅から家までは割と近い。だけど、学校から最寄り駅まではバスを使わなきゃいけない。それを待つ
時間、バス停のベンチにうずくまる。絶対に奇妙だな、頭の片隅ではそう思うけど、だんだんそんな余裕もなく
なる。雨は降るし、お腹は痛いし、バスはまだまだ来ないし、最悪。そう思っていると、学校の方から、一人の
学生が歩いてきた。というか、あれは見覚えがある。今一番顔を合わせたくない人間のひとり。





「・・・渋沢」
「・・・どうした?」
 ちょっとは勘付け!と思ったし、なんでこのタイミングで!とも思った。最近のわたしの悩みは、ほぼ渋沢だ。
頭の痛みの原因。心配そうにわたしを覗き込むけど、目を合わせられない。





「・・・ちょっと、お腹痛いから帰るの」
「大丈夫か?」
「・・・大丈夫じゃないから、帰るんだけど」
「ああ、そうだな」
「・・・まあ、平気だから、あんまり気にしないで」
「大丈夫じゃないんじゃないのか?」
「大丈夫じゃないけど、平気なの」





 怪訝そうな顔をする。それでいい。だから、もうわたしのことはほっといてほしい。すべてのことから、わたしを
ほっといてほしい。好きといったことも、わたしは忘れる。だから渋沢も忘れてほしい。
 またイチから友達をやるというのもキツいかもしれないけど、恋人として始められないのなら、このままでは
いられない。避けるしかない。辛いだけだ。隣のベンチに腰掛けた渋沢を、わたしは見れなかった。





「・・・ほっといて」
「そういうわけにも、いかないだろう」
「なんでよ」
「なんでって、目の前でそんなにも苦しそうだったら、ほっとけないのが普通だと思うが」
「友達ならね、でも渋沢は強いんだから」
「・・・だから?」
「・・・わたしなんかほっとけばいい。ひとりで生きていけるなら、わたしは一緒にいられない」





 病気じゃないけど、人間弱ると本音が出るものだなあ、とどこか他人事のように考える。
 届かないなら、最初から届くような場所に置いておかないでほしい。わがままだけど、自分以外のことに責任を
転嫁するのは嫌いだけど、そう思った。望めば、どうにでもなるような関係になんか、ならなければよかった。




 言ったことは、嘘じゃなかった。わたしだって、渋沢がいなくてもどうにかなるだろう。なんだかんだでごはんは
食べるし、学校にも行くし、友達と話すし、いつかは恋人ができるかもしれない。だけど、渋沢に寄りかかる内に
渋沢なしじゃ生活できなくなりそうな自分が嫌だった。でも、渋沢はわたしがいてもいなくても、生活できる。その
温度差を感じるのが怖い。愛には重さとか形とか、あるはずはないけど、それが均一じゃないのが、というより
わたしが思う分、渋沢が思ってくれなかったら、というのが怖い。
 とっても、臆病だ。




 渋沢はそれから少し無言になった。わたしも話すことがないから黙る。流れるのは沈黙。雨の音が、やけに
静かなのに、心臓がうるさくて聞いていられない。バスはまだまだ来ない。通学時間は割合本数が多いけど、
少しずれるとあんまり来ない。





「・・・これから病院に行くんだ」
「・・・どこか、悪いの?」
「ちょっと前に膝を故障してな、それの検査だ」
「・・・2年の秋の時の?大丈夫なの?」
「大丈夫、だとは思う。ただ、コーチや監督が行け行けとうるさいからな、もうすぐ春の大会も始まるし」
「そっか・・・もうすぐ大会か、今回は予選から、だっけ」
「ああ、まあ、スタートがどこからでも、目標もゴールも変わらないからな」
「・・・」
「わからないか?」
「・・・なにが?」
「俺だって、そんなに強くないんだ。怪我もするし、緊張も不安もある。・・・が思うほど、出来た男じゃない」
「・・・そんなこと、ないよ」
「そう思うのは、俺がそういう風に見せてきたからだ」





 え?と渋沢を見る。渋沢は、ずっとこっちを見ていたようで、目線が重なる。優しい、だけどどこか脆い目を
していた。いつも見るような顔でもなかった。





「・・・当たり前だろう、誰が、好きな人に弱みを見せたいんだ」
「・・・え?」
「ずっとだ、ずっとの前では強くあろうとしていた。弱い所なんか見せたくなかった」
「だ、だからって」
「・・・体調悪いときにこんな話して、悪いな。だけど、俺は」




 そう言った瞬間、渋沢の体がこっちに倒れてきた。嘘!と思ったけど、渋沢はわたしの身体に寄りかかった。
ものすごく体が熱い。この人、風邪引いてる。ばかだ!と思った。病気だから本音が出るのは、この人も
変わらないのか。そう思うと、渋沢がものすごく身近に考えられた。






「・・・好きなんだ」
「・・・ばか」
 わたしも、と言ったのは、渋沢に聞こえたのだろうか。
 雨は、いつの間にか止んでいた。雲の切れ間から太陽が顔を出していた。まとわりつく湿気も、消えていた。















「最近、この馬鹿寝てなかったからな、自業自得だろ」
「・・・寝てなかった?」
「ああ、どっかのだれかさんが素直に好きって言わないからな」




 あの後、わたしは慌てて三上に電話をした。ちょうど自習の時間だったらしくて、すんなり抜けてきてくれた。
生理の痛みも、なんかもうどっかに吹き飛んだ。さすがにそれは三上にも渋沢にも言えなかったけど。そのまま
家に帰る前に、サッカー部の寮に寄ることにした。




「・・・三上、その」
「まあ、大丈夫なんじゃねえの、どうにかなったんだろうし」
「・・・ほんと、迷惑かけてすみませんでした」
「別に、俺はなにもしてねえよ」
「いやほんとに」
「ったく、どっちも手が掛かるから、困るっての」




 ベッドで眠る渋沢を三上が呆れたように笑った。わたしも釣られると「おまえのことも言ってんだっつーの」と
わたしも笑われた。




「わかったろ、こいつも普通の人間だってこと」
「・・・ちょっとは」
「風邪も引くし怪我もするし、普通に好きなやつもできんだよ。悩みもすることも山程あって、それでも今まで
ひとりでやってきたのは、おまえにいいカッコするためだろ」
「わたしのせいってこと?」
「まあ、こいつの性格も性格だけどな。それを回りに悟らせないのが上手過ぎんだ。器用なんだか不器用なんだ
かわかりやしねえ」
「・・・三上も、優しい性格してるね」
「へーへー、おまえにそんなこと言われたって渋沢にばれたら、どうなることかわかんねえから、喜べねえよ」





 なにそれ、とわたしは笑う。そして渋沢の顔を見る。
 さっきの言葉が聞こえてなかったとしても、今度はきちんとわたしから言おう。これからも迷惑かけるけど、
多分頼ってばっかりだけど、たまにはわたしを頼ってください。ちゃんと言おう。
 寝顔も初めて見たな。こんなに無防備な渋沢克朗もいるのか。いや、いて当たり前なんだけど、どうにもわたし
は少しばかり、渋沢を勘違いしていたのかもしれないな。
 世界が回るように、当たり前のように、渋沢も人間なんだ。
 わたしは、愛しいなあ、と思った。渋沢克朗という人間を。





/更に続き。武蔵森の寮の話は、単なる想像です。