毎朝会う猫がいた。






「ねえ、
「……なに」




 綱吉は話し掛けたっきり、口を閉ざしてしまう。この状態を見て、こういうことをする男なのだ。気障な言葉もな
にも言わない代わりに、自分の思ったことしか言わない。わたしが綱吉と出会った頃は、自分に言い訳をする
人間だったのに。最近じゃあ、自分を飾ることをしなかった綱吉は、本当の自分を恥ずかしげもなく見せるように
なった。前までは隠すように生きていたのに。多分、本人にそんな自覚はないのだろうけど。



 毎朝会う猫。毛並みは柔らかそうだ、と前から思っていた。大概は塀の上で寝ていて、たまにあちらこちらを
歩いていたりもする。野良なのかな、と思っていた。誰かが飼っているとは思わなかった。少し荒んだ感じとかが
目とか表情から読み取れていて、少しわたしと気が合いそうだ、と思うところがあったのだ。

 朝、寝ているように道路に転がって、死に絶えている猫を見た瞬間に、わたしは座り込んでしまった。




 わたしを見つけた綱吉は、座り込むわたしの隣に立ち尽くした。猫の姿を見ても、なにも言わなかった。どれく
らいこうしていたのだろう。1時間? 30分? それよりももっと短い?
 



「これ以上ここにいても、仕方ないよ」
「そんなこと、わかってる!」





 早く、埋めに行ってあげよう。ここは寒いから。
 そう言って、綱吉は座り込むわたしの腕を取る。そんなこと言うな、まるであんたが大人になってしまったみた
いじゃあないか。勝手にそんなところに行くな。わたしよりも太くなったその腕を、わたしを抱きかかえるために
使うな。何かに対する怒りと、何かに対する悲しみが混じって激情するわたしを、あやすように諭すな。



 やっと彼が見つけた言葉は、こうやってここにいることに駄々こねているわたしに対して、次の道を提示する
言葉だった。前だったら、一緒に座り込んで泣いてくれたのかな。


 わかってる。綱吉だって、この猫の死を悼む気持ちを持っている。悲しんで、泣きたい気持ちになっていること
もわかってる。綱吉の優しさは、これっぽっちも変わっていない。わかってるよ、伝わっているよ。この腕の震え
から。だけど、でも、だって。



 わたしの時計はどこかで止まってしまった。時間の感覚がない。身体という入れ物ばかりが大きくなってしまっ
て、肝心の心がいつまで経っても寛大にならない。不釣合いだ、と思う。周りの時間と、わたしの時間が噛み合
っていないがために、こんなにも不思議なことになってしまったのだ。



 時が流れて、変わってしまったこともある。しかし、変わっていないこともある。それを見ることが大切なのに。
おかしいなあ、わたしは綱吉から目を離したつもりはなかったのに。どこか別のところで成長してしまっていた
のか。わたしはきっと、綱吉の知るわたしのままなのに。綱吉はこんなにも変わってしまったのに。



 猫を抱きかかえようとしながら立ち上がろうとすると、綱吉は「俺が運ぶよ」と言った。首を振ろうとしたわたしを
制して綱吉は「一人で立てる?」と尋ねた。バカにするなよ、と思ってわたしが立ち上がって見せると、綱吉は
絶えた命を片手に、だけど優しく抱いて「行こう」と声を掛けた。微かに口許に笑顔を滲ませたのは、わたしに対
する優しさなのだと、バカなわたしでもわかった。



 綱吉は、以前よりも先を見据える目をしていた。
 わたしをここに取り残して、おまえはそんな目をするのか。そんなにも優しい目をするのか。
 涙が溢れて止まらなかった。冬の寒さが身体に染みた。ありきたりな言葉で、疎外感を隠した。嘘でも構わな
かった。ただ、取り残されたわたしを(綱吉にその感覚がなかったとしても)、隠したかった。


 空は寒々として、風が冷えたわたしの掌を弄ぶ。そして綱吉の暖かい手と、空を飛ぶのは黒い鳥。






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