すれ違うたび、心が少し痛くなる。そんな感じ。











 全くと言っていいほど、接点がないのに、こんなにも厄介な感情を抱いてしまうなんて、なんてことだ。
 自分自身が馬鹿だなあ、と思うんだけど、それよりも山本くんが好きなんだと思う感情が大きくて、更に馬鹿だ
なあ、と実感してしまう。






 最初は、名前も知らなかった。野球部の練習で、あ、と思っただけだった。
 わたしは陸上部で、グランドの隅から、少しだけ見るだけだった。
 その後、中学の生活にも慣れて、隣のクラスの山本くんなんだ、ってわかった。
 しかしどうにも、わたしはそういう誰々がかっこいいとか、そういう情報に疎かった。
 (だって、ファンクラブまであるなんて、知らなかったしね)






 好きになっていた。初恋、だと思う。初恋は叶わないと世間は言う。わたしもそう思う。
 だって、好きになった人が、自分のことも好きでした、なんて漫画の中でしか有り得ないじゃないか。
 夢見ること、夢は叶わないから美しく見えるものなのだと、わかってる。
 そんなことを考えながら、山本くんのことを意識し始めて、1年と半年があっという間に経っていた。






 それにしても、そういう情報に疎いわたしでも、山本くんの恋愛事は全く耳にしない。
 先輩の香取先輩が山本くんを好きらしい。
 隣のクラスの下総さんが山本くんを好きらしい。
 隣町にも、山本くんのファンはいるらしい。
 でも、山本くんが誰かを好き、という噂は聞いたことがない。
 それだけが、心の中で、少し期待している部分だった。今更、山本くんの彼女になりたいとか、そういうことも
考えていないのだけど、でも絶望的なことは起こらないでほしいと思ったんだ。







 次の時間は音楽。移動教室だから、教室を出る。11月にもなると、廊下は寒い。
 廊下に出ると、山本くんがいた。少し、心が騒ぐ。
 目が、合った。
 そして、山本くんが。






 きっと、これから何回も経験するであろう、恋のひとつなんだと思う。
 だけど、わたしには今、好きになれる人と言ったら山本くん以外有り得なくて、心は確かに揺れ動いて。
 目が合って、笑ってくれたのはなんで?わたしは少しだけでも、ときめくんだよ。







 どうしようもないんだな、この感情は。
 存在を知ってもらえるだけでもいいのに。でもきっと、そうなったらそれ以上を求めてしまう。
 これでいい。これでないとだめなんだ。






 自分の考えが、どうしようもなく臆病だってことはわかってる。
 でも、それでも、わたしはどうしようもないんだ。
 廊下ですれ違うたびに感じてしまう、この寂しさとやりきれなさとわだかまりと、一欠けらの嬉しさは、紛れもな
い恋なんだ。





/山本が隣のクラスにいたら、多分こんな感じ。